【SS】クローズで戦マス

イベントのお礼とかご報告とかもちゃんとできてないんですが、とりあえずこのモヤモヤを昇華するほうが先!ということで、いきなりSSです。
仮面ライダークローズの世界の、戦兎とマスターです。
なんていうか、丸ごと受け入れたわけじゃないんだけど、そっちがその気ならこっちもその設定でやってやるよ的な。
わりとがっつりクローズのネタバレを含むので、これから観る予定の方はご注意ください。

ちなみに、なんの打ち合わせもしてないんですが同じタイミングで似たような内容のマンガを仕上げてきた人がいるんで、そのシンクロ率とちょっとした芸風の差異もお楽しみいただければと思います。

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【After Cross-z】

今日もラボにやってきた美空は、ぐるっと室内を見渡してから戦兎に尋ねる。
「万丈は、またデート?」
「俺が知るか」
「僻んでんの?」
「まさか」
「じゃあヤキモチだ」
「バカ言ってんじゃないよ」
あれからそれなりの日が経ったが、一時的なものだと思っていた仲間たちの記憶は復活したままで消える気配はない。
となると、他の連中よりは少しばかり考え込んでしまうのが性分というものだ。戦兎はいくつかの仮説を立てては、検証方法に悩む日々を送っていた。
「あのさ、マスターはホントに覚えてないんだよな?」
「うん、そうみたい。こっちも変に思われたくないから、あんまり突っ込んでは聞いてないけど」
「ふぅん……」
記憶が戻った人間と戻らなかった人間の差を考えるに、どうにも腑に落ちないことがかなりある。そのうちのひとつが……
「美空、頼みがある」

「チャオ!」の文字もなつかしい、カフェの看板。
意を決してドアを開けると、「おかえり!」と聞き慣れた声が飛んでくる。カウンターの中にいた店主は、思っていた人物とちがう人間が入ってきたことに目を丸くした。
「あれ? きみ佐藤太郎似の……ごめんね、来てくれたのはうれしいけど、もう閉店……」
「美空さんから、頼まれて」
彼の言葉を遮るように、カウンターに買い物袋を置く。
「あ、なに? 美空のお使い? ていうか美空の友達なの?」
「はい、まあ……美空さんは用事があるとかで」
「そうなの……ありがと、なんか悪いねうちの娘が」
袋を受け取りながらにこにこと笑うマスターの顔を見つめ、静かに深呼吸した。
「あの……コーヒーを一杯、いただけますか。ここのコーヒーが飲みたいんです」
「いいよいいよ、もちろん。お使いのお駄賃代わりにごちそうするよ。えっと、佐藤太郎じゃなくて……」
「葛城巧といいます」
戦兎の名乗りに、石動はこれといって関心を示した様子もなく笑顔を向けてくる。
「巧くんか。好きなとこ座ってて」
陽気な彼に促されるまま、カウンター席に腰を下ろした。そして西日の射し込む店内をぐるりと見渡す。泣きたくなるほどに記憶どおりだ。
「あのバンドのポスター、もう貼ってないんですね」
湯を沸かしている彼に話しかけると、彼は「そうなのよ」と肩をすくめる。
「よく考えたら店の雰囲気に合わなくてさ……ところで美空とはどういう友達? まさかそれ以上の関係ってことないよね?」
「いやぜんぜん、全くありえないですそれは」
「そこまで否定されると逆に複雑だなあ……」
他愛もない話題を、彼のほうからひっきりなしに振ってくる。湯気の立つコーヒーが出てくるまで気まずい沈黙もなく、戦兎はわずかに焦れったさを感じながら彼の世間話につき合っていた。
「どう? 美味しい?」
「……とっても」
「そりゃよかった。まあゆっくりしてってよ。俺はちょっと片づけてくるから……」
そう言って店の奥へ引っ込もうとする彼を、呼び止める。
「マスター!」
こちらを振り返った彼の表情に一瞬迷ったが、意を決して口を開いた。
「……やっぱり、俺とは顔を合わせたくない?」
彼はきょとんとしてこちらを見返し、それから困ったように笑みを作る。
「なんだい急に……」
「嘘がヘタになったね」
いきなり馴れ馴れしい口調になった客に対して、今度は怪訝そうな表情になった石動にはかまわず、言葉をつづける。
「美空から聞いた。この世界でも、あんたは十年前まで宇宙飛行士だったってね。そしてプロジェクトの責任者だった葛城忍とは、今でも家族ぐるみでつき合いがある。だからあんたが葛城巧を知らないわけはない。でも俺が巧の名前を名乗ったとき眉ひとつ動かさなかった。俺が葛城巧の名を騙ってることも、その理由も知ってるからじゃないのか?」
「……同姓同名なんてよくあるだろう?」
とくに動じた様子もなく、彼は肩をすくめる。
戦兎は壁を指さした。以前訪れたときにはなかった、無難な風景写真が掛けられていた。
「佐藤太郎のポスター、美空が俺たちと再会した後にいつの間にか外されていたって聞いたよ。美空には適当な言い訳したみたいだけど。旧世界の記憶が戻って、自分が手にかけた男の顔を見ていられなくなったと思えば、納得がいく」
石動は暫し戦兎の顔を見つめていたが、ふっと笑ってカウンターの外へ出てきた。戦兎が座っている椅子の横までやってきて、長身をカウンターに寄りかからせる。
「それで……きみのわけのわからない話が正しかったとして、ニセ葛城巧くん。どうして俺は愛する娘をだますようなことをしなきゃならないのかな?」
挑むような、試すような、この顔。まるであの宿敵のようだと思いながら、彼に向き直る。
「あんたが美空に嘘をつく理由があるとしたら、それは美空を傷つけたくないからだ」
丸眼鏡の奥の目が、すっと細められた。
「美空だけじゃない。自分が再び姿を現すことによって、エボルトに虐げられたみんなをさらに苦しめることを恐れた。だから全部知らないことにして、自分一人で抱え込むことにした。幻さん……氷室幻徳の召集に応じなかったのはそのせいだろう?
そもそも今回、旧世界の記憶が戻ったのは、人体実験を受けた……ネビュラガスを吸った人間と推測される。ネビュラガスを発生させる装置を操っていたエボルト本人、もしくはそのエボルトが利用していた肉体は、最もガスの影響を受けているはずだ」
石動がブラッドスタークに蒸血するのを、戦兎は幾度も目にした。そしてその後、石動とエボルトが分離し、エボルトが十年ものあいだ石動の肉体を使っていたことを知った。その事実と今回の現象を合わせて考えると、彼だけがこの件から除外されるとは考えにくい。
店の中はもうすっかり暗くなっていて、お互いの顔もはっきりとは見えない。それでも二人は微動だにせず、相手を睨みつけていた。
「……そこまでわかっていて、なぜわざわざここへ来た?」
静かだが冷たい声で、石動が問う。すでに、明るく陽気なマスターではない。
戦兎はカウンターの上で拳を握りしめた。
「あんたが一人で苦しんでるなら、俺が救わなきゃならないからだよ」
石動が苛立たしげにため息をついた。
「おまえも『俺』の犠牲者の一人……いや、一番の被害者だ。そんな義務はないし、俺も望まない」
仮説の正しさはすでに証明されているが、そこはゴールではない。歯がゆさに思わず彼の肩を掴んでいた。
「俺が嫌なんだよ! 十年も、全部背負わされて一人で苦しんで……一番の被害者はあんただろ!? 全部忘れて、幸せに生きててほしかったのに……キルバスの野郎……」
万丈が痛めつけられた時に感じたのと同じ怒りが再びわき上がってきて、肩で息をしながらうつむく。
戦兎の手をそっと払いのけた彼は、硬い声で呟いた。
「この前の事件は、キルバスだったんだな」
「え……」
なぜ、戦いに関わっていない彼がやつのことを知っているのか。
戦兎の疑問を察した彼は、自分のこめかみを指でつついてみせた。
「おまえが自分で言ったんじゃないか。全部思い出したって。ずっと俺の中にいた、エボルトの記憶も全部」
「マスター……」
エボルトは石動惣一の記憶も思考も全て手に入れた。逆も然りで、石動惣一はエボルトの知識と記憶を共有させられていた……万丈とはちがう、彼の明晰な頭脳はその情報の意味を逐一理解していたにちがいない。
忌まわしい全てが、彼の中に蘇って今なお根を下ろしているのだ。
「キルバスは倒した。エボルトも宇宙に逃げて、地球にはもういない。この世界はもう……」
石動は諦念を感じさせる笑みで、首を横に振る。
「美空も記憶が戻ってるんだろう? 氷室幻徳も、猿渡一海も、三羽ガラスも……それだけじゃない。葛城巧と彼の両親も思い出したはずだ。万丈の恋人も、難波チルドレンたちも、罪のない子供たちまで、みんなあの苦痛と死の瞬間を思い出しちまったってことだよ」
冷静に話そうとしている彼の声がしだいに震えてかすれていく。
「そこには常にブラッドスタークが、エボルトが……俺がいた……」
明かりがついていない店内は真っ暗で、外から差し込むわずかな光が彼のシルエットだけを縁取っている。だが顔が見えなくても、彼の感情は見えた。ひどく弱々しくて、苦しんでいて、今にも壊れてしまいそうな……
「ちがう、それはあんたじゃない!」
「全部俺がやった!! 俺の罪だ!!」
悲痛な叫びが店の中に響く。嘲笑でも怒号でもない、悲しみの叫び声を、戦兎は初めて耳にした。
「騙して、唆して、脅して、痛めつけて……殺して……!」
カウンターを殴りつけようとした彼の手を、戦兎は掴む。
暗闇の中、二人は互いの目を見つめた。
「罪なら俺も犯してる……俺自身が罪なんだ。この罪はどうやっても償えない」
掴んだ手首から伝わってくる脈拍が、信じられないほど速い。
「でもあんたが……エボルトの中の石動惣一が、愛と平和のために戦う正義ってやつを教えてくれた。少なくとも俺はそう信じて、エボルトと戦ってきた」
なにも信じられない世界で、それでも自分を保っていられたのは、万丈と自分を強く繋いでくれたのは、仲間たちと巡り合わせてくれたのは、彼から教わった正義だった。
「マスター……石動惣一なしじゃ、この新世界は守れなかったんだよ。美空も、みんなも、もうわかってる。だから自分を責めないで……」
「……ありがとう」
彼の手が戦兎の手に重ねられる。
そして、自分の手首を掴んでいる青年の手を丁寧に押しやった。
「でもそれはおまえの主観にすぎない。おまえは想像できていないだけだ、犠牲者の多さを……」
「わかってるよ」
拒まれたのは悲しかったが、それでも彼に伝えなければならない。
「全員に、会ったから」
「なに……」
「キルバスを倒してもエボルトがいなくなっても、美空たちの記憶は残ったままだったからさ。もしかしてって思って、旧世界で人体実験を受けた人たちにも会いにいったんだよ。やっぱりみんな、記憶が戻って戸惑ったり苦しんでたりしてたんだ。
だから、事情を説明することにした。万丈の香澄さんも、ツナ義ーズの立弥も、多治見大臣も、葛城一家も……俺たちが知るかぎりの全員に。会って話して、新世界に脅威がないことを理解してもらった」
人捜しは幻徳や紗羽に頼ることになったが、本人への接触は戦兎一人で向かった。
この事件で知り合った馬渕由衣に万丈をできるだけ外へ連れ出しておくよう頼み、エボルトとの戦いでひどく消耗した相棒を「後始末」に巻き込まないようにして。
「なんでそんなことを……」
石動が怪訝そうに呟く。
「それが、仮面ライダーが存在しない世界の、俺の役目だからさ」
ほとんどが、旧世界の苦しみしか知らず、絶望の中で命を落とした、あるいは世界の破滅を目撃した人々だ。あってはならない記憶に怯え、泣きわめき、罵り、殴りかかってくることもあった「被害者」の感情を、戦兎は一人で全て受け止めた。そして時には数日がかりで、パンドラボックスによって地に墜ちた人々の名誉を辛抱強く説いた。
「みんなわかってるって、言っただろ。石動惣一が地球外生命体に操られてただけだって、なんにも悪くないって。あんたがやつの罪を負うことはないんだよ」
「みんなって……」
「みんなさ」
自分の仲間だけではない。エボルトが関わった人間全員が、今や真実を知っている。忌まわしい旧世界はすでになく、自分たちが平和な新世界に生きていることを。被害者も加害者も皆、パンドラボックスの犠牲者だったことを。
戦兎は改めて石動に向き直った。
「あんたが最後だ。恨み言なら全部聞くよ。俺が許せなきゃ殴ってもいい。みんながあんたの顔に苦しめられたのと同じくらい、あんたも俺の顔に苦しめられてるだろうから……」
二重の意味で自分が殺した男と、一年以上ひとつ屋根の下で暮らしていた。逃げることもできなかった彼の苦悩は計り知れない。
「……………」
石動が無言で戦兎の胸ぐらを掴む。戦兎は歯を食いしばって目を閉じる。
強い力で乱暴に引き寄せられたかと思うと、長い腕が戦兎の背中を包んだ。
「え……」
大きな手が戦兎の髪をかきまわして、ふとあのころに戻ったような錯覚を覚える。
「だれが、そこまでしろって教えたよ、バーカ……」
鼻をすすりながら、石動が戦兎の耳元に囁きかける。
「俺の名誉なんかどうでもいいじゃねえか。なんの責任もないおまえ一人が全部抱え込んで傷ついて、十年どころじゃない、この先ずっと苦しみつづけて……」
大まじめなはずの言葉に、思わず笑ってしまった。
「誰かさんそっくりだね」
偶発的に選ばれてしまっただけなのに、石動は自分を犠牲にしても戦兎を、美空を、世界を守ろうとした。見返りを求めず、自分の正義に従って。
「ああそうだな、妙なとこばっか似ちまった。最悪だ」
わざとなのか戦兎の口癖を真似て、そのくせうれしそうに戦兎の髪をかきまわす。変わらない心地よさに涙が出そうになった。
自分からも抱き返そうとしたが、一度挙げた腕はまた体の横にぶらさがる。少し迷ってから、ゆっくり相手を押し戻した。
「これからは、なにも心配しなくていい。美空とは落ちついたら話してやって。あいつも待ってるから……もう、ここには来ないよ」
最初からそのつもりだった。
彼はナシタのマスター以外の何者でもなくて、桐生戦兎が関わるべきではない「新世界」だ。事実を伝え、わずかながら彼の心の負担を軽くできたのなら、それでもう自分の役目は終わり。いたずらに悪夢を思い出させる顔は、二度と彼の目に触れてはいけない。
「じゃあ、元気で……」
平静を装って軽く挨拶したつもりの声は、みじめに震えて最後まで笑っていられなかった。顔を背けて逃げるように戸口へ向かった戦兎の腕を、石動が掴む。
「待てよ」
「……っ」
振り向けない。彼のほうを見てしまったら、こらえている涙も感情も全てあふれ出しそうで。
なのに、掴まれた腕をふりほどくことができなかった。
「なあ、ニセ葛城巧くん」
頭の後ろから石動の声が聞こえてくる。戦兎がよく知っている、少しおどけた軽い口調。
「うちの娘とは、ホントになんにもないの?」
「だから、ぜんぜん全く……」
こんなときになに言ってんの空気読んでよ、と混ぜっ返してやりたかったが、唇が震えてうまくしゃべれない。
「じゃ、追い出す理由はないな」
快活に言い放ったマスターは、戦兎の腕を掴んだまま照明のスイッチを入れた。
「!!」
とっくに決壊していた泣き顔を見られたくなくて、一瞬顔を覆いかける。だが、目の前に立っている相手の顔を見たら、そんな見栄も忘れてしまった。
「その顔で外出てく気かよ、みっともねえぞ」
「……おんなじ顔してるあんたには、言われたくねえよ……」
「そりゃそうだ」
石動は笑いながら、眼鏡を外して充血した目を乱暴に拭った。
「おまえはみんなって言ったけどな、一人洩れてるじゃねえか」
「え?」
元ファウストメンバーの記憶も合わせて一人残らず把握したはずだったが、エボルトしか知らない犠牲者がいたのか。
「それって……」
眼鏡をかけなおし、ふっと笑みを納めた彼は戦兎の肩に手を置いた。
「傷だらけの桐生戦兎は、だれが救うんだ?」
「あ……」
平和な新世界に取り残された、戦わないヒーロー。少しもかっこよくはなくて、だれに認められることもなくて、癒えることのない傷を抱えて……だがそれは自分で選んだ道だ。
「……見返りを求めたら、それは正義じゃない」
戦兎の言葉に、石動は目元を和ませる。
「愛は見返りじゃない、無償で無限なんだよ、戦兎」
長い指が、濡れた頬を優しく拭っていく。
それは、戦兎が心のどこかで求めていたものだった。今さら取り戻せるなどとは少しも思っていなかった、旧い世界とともに永遠に失われたもの。
「やっと……名前、呼んでくれた」
それだけ言って、戦兎は心からの微笑みを石動に向けた。

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まあどのカップリングやってても、万丈のベストマッチは戦兎であってほしいよね。