【SS】リュウソウ「連鎖反応2」

取り急ぎですけど。

ナダのことを思う一夜。
相変わらずカップリングなし。前回の続きみたいな感じです。

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都会の夜空は、紫色だという。
『なんや気味悪ないか』
夜は真っ黒でないと、と彼が呟いたのを思い出す。言われて初めて気づいたトワだったが、真っ黒でなくてもそれはそれできれいだと思った。
紫の夜もいい、いや……夜空の色などそのときはどうでもよかった。
トワはナダのことを知りたかった。彼が語ったのは「事実」ばかりで、トワが本当に知りたかったのはもっと別の「真実」だったのだ。
しかしその夜、はぐらかし上手な彼は知りたいことの半分も教えてはくれなかった。不満げなトワを見ながら、「また今度な」と愉快そうに笑って。

悲しくて、悔しくて、さびしくて、涙が止まらない。
「また今度って……自分で言ったくせに……」
ぽつりぽつりと、なにかの折に語ってくれることはあった。ひどく焦れったくはあったが、そうやって時間をかけて、いつか彼の全てを知ることができるような気がしていた。
皆になにも告げずに去ろうとしていたことについては、この際許してやってもいい。またひょっこり現れて「よっ」と軽くあの笑顔を見せてくれさえすれば。
「もう、なんでも許すから……」
子供あつかいされても、なにも教えてくれなくても。ただもう一度会えれば、なにも言わない、なにも求めない。

こんなときなのに、兄はなにも言わずどこかへ行ってしまった。
薄情だとは思わないけれど、そばにいてほしいという弟のわがままを聞く余裕は、今の兄にはないのだ。それほどに、彼の存在はバンバにとっても大きかった。
トワの知らない彼を、バンバは知っている。だからこそ、その死を独りで受け止める時間が必要なのだろう。
頭では理解している。わかってはいるが、それでも今こそ兄にいてほしかった。未熟と言われてもかまわない、この喪失感をたった一人で飲み込まなければならない苦しさには替えられない。
「兄さん……ナダ……っ」
袖口で乱暴に拭った頬は、すぐにまた濡れて乾くことはなかった。

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彼が村を出ていったとき、二度と会えないだろうと思った。
胸に湧き上がるのは後悔ばかり。
なぜあんな物言いをしたのか。諍う以外に道はなかったのか。あいつが悪い。いや自分が別の言葉をかけていれば……
そんなことを幾度も思い、忘れようと努力し、そして長い長い時間を費やして記憶の彼方に追いやった。
だれよりも強くなれば、心も動じることはない。あんな男にかき乱されることもない。そう思っていた。

そんな自分の前に、臆面もなく例のにやけ顔で現れた彼を、強くなったはずの心は拒んだ。彼が見せつけたのは、弱いままの彼自身だけではない。まだ互いに弱かったあのころに、バンバの心を強引に引き戻したのだ。
力があってもなくても、あの男に心を揺さぶられるのは変わらない。それを受け入れたとき、初めて彼に自分の心をぶつけることができた。
「くそっ……」
堅い木の幹に拳をぶつける。大樹は震えもせず、荒い木肌が手を傷つけただけだった。それでも、バンバは幾度も幹を殴りつける。

彼との「別れ」がどういうものか、知っていたはずなのに。
また、同じ後悔をしている。
言いたいことは今でも山ほどあって、訊きたいこと、知ってほしいことも二言三言では足りるはずもない。それでも、彼が目の前にいるという事実に自分でも信じられないほど安心していた。
皮肉にもその「安心」に気づいたのは、彼が再び姿を消したときだったのだが。
今度こそ「次」はない。この世界のどこかで適当にやっているのだろうと、投げやりにでも思えたあのときとはちがう。彼はもう本当に「どこにも」いないのだ。言い争いも、殴り合いも、もうできない。
どうして、先延ばしにしてしまったのか。彼は目の前にいたのだから、いつでも話ができたはずなのに。
「……っ」
嗚咽を噛みしめて、バンバは乱れた髪を乱暴にかき上げた。
頭上に広がる黒い空には月どころか星さえ見えず、バンバの周囲にはただ闇が広がっているばかりだった。

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高台のベンチにもたれて、ぼんやりと夜空を見上げる。
下のほうにぼんやりとオレンジ色を残していた空は、いつのまにか全体が夜の色になっていた。
じゃり、と砂を踏む音が聞こえてふり返ると、メルトがこちらへ歩いてくる。
もの静かな彼は普段、足音など立てない。コウにそれとなく気づかせるためにわざと靴の音を立てたのだろう。
隣へやってきたメルトは、自分も腰を下ろした。
「……アスナは?」
「ういの部屋は静かになったよ」
「そっか……」
子供のように大泣きするかと思っていたが、アスナは涙をにじませながらも気丈に笑みさえ浮かべ、そしていち早く皆の前からいなくなった。ういの部屋から押し殺したすすり泣きが聞こえてきたのは、その後だった。コウは居たたまれずに家を飛び出し、ここで増えていく町の灯りをただ見つめていた。
胸の奥が重い。
その重しが、悲しみや嘆きに蓋をしているようだった。ここに来てから、ずっと「それ」と向き合っている。
メルトは一言も発しない。だからコウも、それ以上は話しかけなかった。

師と同じようにコウの目の前で命を使い果たした彼は、師と同じようにコウへ自身の力を託した。
コウは自分の手に目を落とし、その手を握りしめる。
またしてもこの手は、大切な人を死から奪い返すことができなかった。
「おれ、強くなりたいよ……」
話しかけるでもなく、つい気持ちが言葉となって洩れる。
もうだれも死なせないように。命を脅かす存在をこの世から消せるほどに。二人ぶんの命を受け取ったのだから、彼ら以上に強くあらねば……
「強くなくても、だいじょうぶ」
メルトの言葉に、半ばぎょっとして彼の顔を見た。こちらを向いたメルトは、泣き腫らした目で笑ってみせる。
「おれたちがいるから」
そう言って、コウの胸に拳を当てた。
「ナダも」
ソウルは、いつでも共にあるから。
「……………」
コウは目を見開いたまま、ぼろぼろと涙をこぼしはじめる。
メルトはまた口をつぐんで、夜空を見上げた。

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でもあの新アイテム、関西弁でしゃべり出したりしませんかね?
騎士竜的なポジションで。