【SS】コウとカナロ(リュウソウ)
◆熾火(おきび)「真っ赤」「盛り」「勢いよく」
なぜかバンバ・マスターブラック・長老・ミヤ・オトと、なかなかの濃いメンツがちらつくので注意……
*
夏の盛り、夕方とはいえまだ日も高いが、美女をバーへ誘うには悪くない時間だ。
「知り合いがやっている店があってね」
満更でもなさそうな相手をエスコートしながら店内へ入った瞬間、カナロは「えええ!?」と素直に声を上げてしまった。
「いらっしゃいませ! お二人ですか?」
ギャルソンエプロンを着けて笑顔で立っているのは。
「コウ……」
カナロの動揺にはいっさいかまわず、コウはトレイを胸に抱えて席へと案内する。混乱しながら、カナロは店員姿のコウに尋ねた。
「あ……マスターは?」
「今のマスター? アレ」
そう言って遠慮もなく指さす先のカウンターには、バンバが仏頂面でグラスを磨いていた。
「どういうことだ……」
「あの、カナロさん?」
連れの美女が戸惑い尋ねてくるが、それどころではない。そこへ、バンバがメニューを持ってやってきた。
「ご来店ありがとうございます。お二人の特別な日でしたら、お祝いもいたしますが?」
確かにカナロにとっては電撃が走った記念日だが、数時間前に出会ったばかりの相手だ。その彼女といえば、うっとりとバンバを見つめている。どうやら別の電撃が走ってしまったようだ。
「いいえ、時間つぶしにお相手していただいただけの方です。それより店長さんって……」
コウはそっとカナロの袖を引き、「あっち座る?」と促してくる。抵抗する元気もなく、カナロは奥の席へと連れていかれた。だが座る前に、また声を上げることになる。
「ミヤ!?」
もうなにがなんだかわからない。とにかく座って、と水を持ってくるコウを睨みつけた。
「最初から説明しろ」
「うーんとね」
コウは当然のようにカナロの隣に座り、当然のように持ってきた自分の水に口をつける。
「ほら、長老がここで大人の隠れ家バーを始めて、マスターブラックをむりやり店長にしたでしょ。けっこう評判がいいから調子に乗って二号店も作っちゃってさ。
マスターブラックはそっち、こっちの店長はバンバになったんだよ。で、おれは新人店長の手伝いやってるってわけ。似合う?」
両手を広げて、サテンの黒シャツと前髪を固めた髪型をアピールしてくる。
「似合う、とても似合っているが」
情報量が多くて感情が追いつかない。それに加えて、目の前の元婚約者だ。
「なぜここに……」
「ただの常連。どうせ続かないだろうけど、ちょっとは売上貢献しとこうと思って……でもホントびっくり」
「おれもだ」
こんなところで、同族に出会おうとは。
「まさかまだ『婚活』してるとは思わなかった」
「それは……」
みっともないところを一番見られたくない相手に見られてしまったと思っていると、彼女は予想外のことを言い出した。
「ねえ、コウはなんとも思わないの?」
「なにを?」
「目の前で、自分の恋人が他の女性に声をかけまくってること」
「えっ……と……」
ミヤはオトとたまに会っている。それでなくともここの常連なら二人の関係は知っていておかしくない。
目を泳がせるコウからカナロに視線を移し、彼女はテーブルを叩いた。
「カナロも、一族繁栄とは関係ない相手を選んだんでしょう? なのになんでまだ……」
彼女の声が大きくなりかけたとき、ドアベルの音がした。
「あ、いらっしゃいませー! そうだお客さん、ワンドリンクは頼んでって。リュウソウ価格だし」
コウはいきなり店員の役目を思い出したようだ。二人もあわててメニューを開いた。
「私はジンベースがいいかな……パラダイス」
「おれも、ミリオンダラー」
「はーい、ちょっと待っててね」
コウが逃げるように客を迎えにいく。
会話が途切れた二人は向かい合い、うつむいた。
「人づての話で、誤解があったかもしれないが……コウは、恋人じゃない。結婚相手でもない」
「は!?」
眉をつり上げて勢いよく立ち上がったミヤは、バンバ店長の一瞥を受けておとなしく腰を下ろす。
「なにそれ、体だけの関係ってこと!? そんなの……」
小声で責める彼女の口をあわてて押さえる。
「最も似ているのは、騎士竜との関わりかもしれないが……もっと対等で、もっと熱くて、もっと穏やかで……今、おれといちばん近いソウルが、コウだと言えばいいだろうか」
怪訝そうな顔の彼女に、正しく伝えられるかはわからない。
「運命の相手に出会うと電撃が走る。心臓が雷に打たれたように。そこに優劣はない。
でもコウは性質から全くちがう。彼自身がずっと静かに燃えているんだ。火もないのに、熱くてさわれないほど。でもその熱がないとおれの冷たい体は凍えてしまう。そして……」
二人の前に、コースターが置かれた。
「カナロがなだめてくれないと、真っ赤な炭の奥から炎が燃え上がっちゃうかもしれない……って怖くなる。自分でも止められる自信がない。だから、だれよりも強いカナロがいてくれると、おれはすごく安心する」
ミヤの前には「夢の途中」を意味する「パラダイス」。
「リュウソウ族でも人間でも、それを『恋人』とか『結婚』とか言っていいのか、おれにはまだわからない。オトちゃんには、まだちょっと誤解させちゃってるかな」
カナロの前には「栄光」を意味する「ミリオンダラー」を置いて、コウはいつもの屈託ない笑顔を見せた。
「まあまずは乾杯しようよ!」
二人は促されるまま、カクテルグラスを手にする。
「夢への階段に」
「栄光の騎士に」
別の道を選んだ同族は、互いの人生にグラスを掲げた。
「でもそれなら余計にナンパする必要ないじゃない。どっちにしろ裏切りだよ」
根本的な疑問は解決していないようだ。
コウはまたカナロの横に座り、訊いてみた。
「ミヤに『電撃』の話はしたの」
「いや……男の沽券に関わることだ」
「関係ないよ。幼馴染みなんだろ、教えちゃいなよ」
「なんのこと?」
グラスを持ったまま脇を向いてしまったカナロの代わりに、コウが少し声を落としてミヤに説明する。
「陸の一族にもなくはないんだけど、海の一族は子孫を残すために女の人へのセンサーがすごく強いんだって。だから自動的に反応しちゃうんだよね……なんかもう、本能みたいな? そういう習性みたいなものだと思って、あんまり気にしてない」
「嫉妬もないの?」
心の奥に抱える昏い炎が、そういうかたちで噴出する可能性だってある。だがコウは肩をすくめて笑った。
「ずーっと見てるから……どっちかっていうと、かわいそうだなあって」
「なっ……」
その意見はどうも初耳だったようで、カナロが愕然とコウを見やった。
「フラれたあとはいつもより優しくしてあげてるよ」
「へえ、優しくねえ……」
「ちがっ、深読みするな!」
グラスをあおったカナロが咽せ、コウはあわてて水を渡す。
「そういえば、さっきの美女は……」
コウが無言でカウンター席を指さしてみせた。いつのまにか席を替えた彼女は、寡黙なバンバへ積極的にアピールしていた。
「だから、陸にもなくはないって言っただろ、センサー強めの人。メルトが言うには、このバーが潰れるとしたら、あの『イケメン店長』二人のせいだって」
小声で言う新米店員に、常連客は深くうなずいてグラスをかたむけた。
*
※傾国の黒師弟は、センサーじゃなくフェロモンが強すぎるんだと思います。カナコウなのにどうしてこうなってしまったんだ。