【SS】タロウと陣(ドンブラ)

タロ陣。ちゅーする話のつづき。もう少し進展します。
どこまで進展させていいのか迷ってます。いちおうR18。


不定期なその接触は、唐突に始まる。
背中を丸めてぼんやりとテレビを眺めていると背後から突如抱きつかれ、「おつかれ、陣」と耳元で囁かれる。
手探りでリモコンを見つけてテレビを消し、「うん、ありがとう」と返す。
誤解に誤解を重ねて始まってしまったこの習慣を、なんとなく受け入れてしまってから数週間ほど経つが、家族としての関係はそれほど変化がなかった。
柔らかく瑞々しい唇が頬に触れ、そしてヒゲの感触を楽しむようにすり寄せられた顔が、自分の乾いた唇と重なる。
首をねじって彼のほうを向くと、熱のこもった口づけが始まった。
「ん……」
片手を後ろについたが、相手の勢いをいつも支えきれない。座っていた布団の上に倒れ込み、真上からなおもキスを受ける。
息を切らせながら、かぶさってくる黒い髪をかき上げた。
「いつも、ありがとう」
礼を言うのが適切な場面かはわからない。だがこれは彼の労りなのだから、少なくともタロウには言うべきだ。
「今日は、もう少し長くさせてくれ」
「え?」
陣の前髪をかき上げながら、タロウは微笑んだ。
「今週は二度も学校に来てくれた。残業も多かったし、疲れているだろう」
正確には、PTAに呼び出されたのだが。行かなければ彼の立場が悪くなる。小学生のころから上司に睨まれようが彼のフォローを怠ったことはない。
「おまえが悪くないのはわかってるから。それくらいはなんでもない」
答えの代わりにもう一度口をふさがれ、うっとりと受けているあいだにパジャマのボタンが外されているのに気がついた。
「タロ……」
いつのまにか腹まで出ていて、はだけているというレベルではない。
口角を上げてタロウは、陣の左腕を掴んで万歳でもさせるように上げた。それから無防備な腋へ、高い鼻が押しつけられたかと思うと、そこをぺろりと舐められる。
「やっ、汚な……っ」
「風呂に入ったばかりだろう」
そういう問題ではない。脱毛などしているはずもない中年の脇に舌を這わせている美青年という図を、なぜ気にしないのか。
「長くってのは、その……」
弱々しい問いかけは無視されて消え入り、愛撫は腋から胸へと下りてきた。平たく硬い、男の胸だ。その肌を強く吸い上げ、タロウは口づけの痕を残す。
「え、なにして……」
胸の突起が厚い唇に包まれた。
「ひぁっ」
思わず洩れた声に口を押さえる。タロウが上目遣いにちらりとこちらを見た。それから執拗にそこを舌先で転がす。
「待っ、待ってくれ」
彼の体を引き剥がすように、服にしがみつく。
「これじゃまるで……」
「まるで?」
ゆっくりと自分の唇を舐めるタロウに、いつもながら表情はない。逡巡しながらも陣はつっかえる言葉を吐き出した。
「セッ…クス、みたいじゃないか……」
タロウはしばらく陣の顔を見つめていたが、彼らしくないほど小さな声で尋ねた。
「嫌だったか?」
そのまま身を引こうとする彼の体を抱きしめ、陣は「そうじゃない」と訴えるしかなかった。ただ理由が知りたいのだと。
タロウは陣の肩に頭を乗せたまま、よどみなく答える。
「俺は、あんたに食事を作るのが好きだ。髪を乾かすのも好きだ。あんたが明日着るスーツを選ぶのも、労りのキスをするのも好きだ」
列挙されるたび、いい大人が高校生になにをさせているのだろうと切ない気持ちになる。しかも彼はそれを苦とも思っていないのだ。
「だから、キス以上の行為で陣を気持ちよくするのも、きっと好きだと考えた。それをあんたがセックスと呼んで忌避するなら、もうしない」
起き上がろうとするタロウを、必死に抱いて引き留めた。
「タロウ、タロウ……」
セックスに擬似も偽もない。今のはまちがいなく性行為の手前にあった。生まれたときから育ててきた子と、しかも未成年の高校生とする行為ではない。
だが、目を逸らしている相手の顔を見ると、問題は倫理観ではないように思えてきた。無表情ながら、彼は傷ついているように見えたからだ。
「おまえが、したかったからじゃないのか?」
「でもそれで陣が喜ばないなら意味がない」
彼を抱きしめたまま考える。
自分もそうだ。タロウが楽しくなければ意味がない。
「……いちおう男同士ってイレギュラーがあるんだが、やり方は知ってるのか?」
「知らなくもないが、今夜は負担のない接触で済ませる。陣を労わるのが目的だから」
「あ、ああ……」
無体なことはされないようだと、タロウから腕を解いてその頭を撫でた。許可が出たということになったのだろう、彼は再び陣の肩を布団に押し付ける。
「ここがいいらしいのはわかった」
彼はさっきと反対側の乳首をねっとりと舐めながら吸い上げる。
「や……」
舐められているのは一部なのに、背筋までぞくぞくと妙な感覚が走った。それを見通したかのような手が、服の中で背筋を辿り撫で下ろしていく。
体が勝手にうねってタロウの腕に入りこもうとする。
長いこと肉体的な快感に縁がなかったせいだと自分に弁明するものの、腕は相手にしがみついて離れようとしなかった。
脚の間に膝がぐっと入ってきて、「勃起しているな」と呟く。いい歳をして言われたくないが、たしかに熱は集まっていてごまかしようがない。
「あの、それは偶然というか、気にしなくていい……」
「俺の愛撫で勃起したということじゃないのか」
タロウは嬉しそうに服の上から陣の股間を撫でた。
「そんなに感じてくれたなら、それ以上にうれしいことはない」
彼はそのまま下着の中に手を差し入れてきた。未成年に翻弄されているあせりに、思わず手が出る。
「待て待て待て!」
あわててその手を掴んで、こちらからもタロウの腰を膝で突き上げた。
「おまえはいいのか?」
「放っておけばいつか収まるだろう、今は陣が喜んでくれるだけでいい」
ため息をついた陣は、タロウのそれへ手を伸ばす。
「逆に萎えたら、ごめんな」
「陣……」
パジャマを下着ごと引きずり下ろし、若者らしい角度と大きさを持つそれにおそるおそる触れた。
「ぁっ……」
初めて、彼のうわずった悲鳴を聞いた気がした。少しずつ力を入れてしごいてやると、どんどん呼吸が荒くなる。手の中の熱も硬さを増していた。
「待っ、てくれ……」
息を切らせながら喘いだ彼は、陣の腕を掴んで強引に脇へよけると、直接自分自身を陣のそれへ思いきり擦りつけてくる。
「タロっ、やめ……」
制止は間に合わなかった。前触れもなく激しくぶつかり合った性器は、二人の雄叫びとほとんど同時に熱を散らして果てた。
「はぁっ……」
タロウが顔を上気させ肩を上下させている。
若い迸りは陣の腹を派手に汚し、首元まで飛び散った。自らの白濁で相手の胸を汚してしまった青年は、呆然とその光景を眺めていた。
「すまない……」
「……若くて羨ましいかぎりだな」
顔にかかった精液を手で拭う陣に、珍しく動揺したらしいタロウがティッシュの箱を空にする勢いで引き出している。
「悪かった、こんなになるとは……」
後始末はタロウに任せて、陣は大きく息をつく。
タロウは少し困惑したように眉を寄せた。
「俺は……俺の欲望は必要ないと思っていた。でも、今のは……」
本当に初めてだったのかもしれない。「放っておけば収まる」と豪語する子だ。
「タロウは、俺がほしいか?」
「考えたこともない。だって陣は俺のものだから」
「……………」
せっせと汚れを拭き取りながら、なんでもないことのように彼は答える。
「そうか……」
自分の所有物に、ほしいという感情は芽生えない。
「そうだったな」
あの日、彼を拾い上げた瞬間から、桃井陣は彼のものになった。彼のために生き、彼のしたいようにさせるための存在となった。
親でもなければ父でもない。保護者でも支配者でもない。
従者ですらない。
自分は、桃井タロウの供物だ。
供物は自ら求めてはならない。神が欲するままに喰われるのみ。
その神が道を誤っていたとしても、何者かを冒涜していても、罪を犯していても。
そんなことは初めからわかっていた。
丁寧に体を拭ったタロウは、ごみを全て片づけ終わると「次は、コンドームを買ってこよう」と真顔で言った。

 *

タロウ前の陣は、仕事以外ずっともっさりスウェットで過ごしてたんだけど、物心ついたタロウが「寝る時は着替えるべきだよ」って言ってきて以来ちゃんと「外出着」「部屋着」「パジャマ」を分けるようになったので、毎日パジャマを着ます。たぶん青のストライプです。もちろんタロウも着てます。たぶん赤のチェックです。