【SS】ルパパト「牽制」
こーゆーわけのわからない話を書くから、ピクブラとかよそに「投稿」する形式って気が引けるんですよね。逆に自宅なら何やってもいいって思ってる。
魁利には圭一郎を通じてお兄ちゃんと和解してほしいなあと思いながら書きました。クレームは受けつけません!(笑)
魁利と透真と圭一郎と、つかさの話。つかさ?
ムダに長くなったわりに、赤青はちゅーしかしてないです。
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ランチタイムも過ぎて客足がいったん途切れたころ、常連の三人組はやってくる。
以前は初美花にとっての鬼門だったが、今は……
「やあ、魁利くん」
「いらっしゃいませー」
露骨に棒読みのウエイターに、シェフとしてはため息をつきたくなる。
前までは犬のようにしっぽを振って……少なくとも気を許した猫程度にはじゃれついていた魁利は、今は他の客よりもそっけなく、圭一郎をあしらおうとする。圭一郎のほうも引っかかれるのを承知で、慣れない笑顔と世間話を仕掛けようとしていた。
どちらの気持ちもわからなくはないが、と思いながら透真は初美花を促す。
せめて他にも人間がいれば、魁利の気を逸らせるのだけれど。ただ、いくら美人の女性客と談笑していても、この店に彼がいるかぎり、魁利の意識は常にそこへ向いてしまう。過剰な警戒心がいつかボロを出さないかという懸念はあった。
「コーヒーを二つ頼む」
「ぼくはいつものケーキセットで! お願いします!」
「かしこまりましたぁ」
初美花がぎこちない笑顔で注文を取り、カウンターの奥まで逃げ戻ってくる。
「もう、警察は魁利がやってよって言ったじゃん!」
「そうだっけ? 覚えてねえなあ……」
小声で諍う二人を横目に、コーヒーを淹れる。それから気づかれないように警察の連中を窺った。
「だから、それもノエルさんが言ってたんですよ……」
今のところは一方的にくだらない話をする後輩に、先輩二人が気のない相槌を打っているだけだ。ただ彼らはぼんやりしているようでいて、時折こちらに……魁利に目を向けているようだった。やはり態度の変化が気になっているようだ。
その本人はといえば、初美花とまだこそこそ言い合っている。しまいにはどちらがコーヒーを持っていくか、じゃんけんを始めた。
「トレイは二つだ、二人で行け」
初美花の前にコーヒーカップを二つ、魁利の前にケーキとコーヒーのセットを置いてやると、二人とも「まあそれなら」という顔で立ち上がる。
こんな小細工が通じる相手ではないが、この二人を今動かすにはこうするしかない。
案の定、二人とも声をかけられてつかまっている。もちろん透真のせいではないから助ける義理もないし、こちらはディナーの準備で忙しいのだ。自分たちでなんとかしてほしい。
それにしても、一晩中とはいえ店に居座られたくらいで、そこまで態度を変える理由があるだろうか、と普段にもましてやる気のない魁利を見やる。
具体的にどんなやりとりがあってこういう事態になったのか、魁利が語らない以上知りようもない。
余計な詮索をされないように見張っていた、とは言っていたが、「おまわりさんそういうことしないでしょ」と冗談めかして彼への信用を示していた魁利が、本気で圭一郎の家捜しを恐れていたとはどうしても思えない。なにか、魁利の逆鱗に触れるような言動があったとは想像できる。
だが、圭一郎にアクションを起こさせたのは自分だ。その点では責任を感じていた。
年長でありながら、この店では魁利を庇護する立場ではないとはっきり宣言してしまったから。透真としては事実を告げたまでだったが、圭一郎には「頼りにならない」とでも判断されたのだろう。
魁利の弱さを知らないわけではない。だがそれ以上に、彼は強い。その強さを、その代償に抱える「闇」の深さを知ってなお、魁利を受け止めるというのなら……そこまで考え、透真は口元を歪めた。
魁利を超える圧倒的な力がなければ、彼は止められない。生半可な同情などではとても。
「ふざけんな……」
声に出さず毒づきながら、初美花に全てを押しつけた魁利が戻ってきた。そのままカウンターの中へ入ってくる。
「なあ……」
肩に手を置かれ、耳打ちするように顔を寄せてきたから、首をかたむけて聞こうとした。
その瞬間、すばやく唇が重ねられる。
ほんの一瞬、よく知った柔らかい感触が触れて離れていった。
「おい……」
あまりに自然で、その意味に気づくのがわずかに遅れた。
我に返り、はっと客のほうを見る。幸いだれもこちらを向いてはいない。思わず押しやった相手を睨みつけたが、彼はにやっと笑ってみせただけだった。
「ごちそーさま」
「魁利!」
小声で叱ったつもりだったが、その場の全員がこちらを向いた。初美花もきょとんとした顔で立っていたが、はっと我に返ってこちらに駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「べーつに」
悪びれず肩をすくめる魁利は、客には目を向けようとしない。
怪訝そうな顔でこちらを見る警察の様子からすると、やはり目撃はされていないようだった。思わずほっと息をつく。
圭一郎に見られなかった、それだけが救いだ。
もし彼がそれを目にしたら、きっと罪は全て自分にかぶせられるだろうから。頼りにならないだけなら無害だが、保護者どころか立場を利用して弄んでいると糾弾されかねない。警察沙汰とまではいかなくても、透真に対する圭一郎の目はかなり厳しくなるだろう。
そこまで考えて、ようやく理解した。
「わざとか」
「なにが?」
最初から、見せつけるつもりだったのだ。タイミングは外したが、圭一郎がこの関係を知れば、自分に対する同情など吹き飛ぶと計算して。
「ちょっと来い」
つい毒づきたくなるのをこらえて、魁利と初美花を店の奥へ連れていく。警察とはもっと穏便に……などと今さら自分が言い聞かせるはめになるとは。
弄ばれているのは、こっちだ。
衝撃的な絵面に、息が止まった。
どうしていいのかわからず、とっさに目を逸らしてコーヒーカップの中を覗き込む。だが黒い液体の表面に残像が見える始末だ。
「魁利!」
控えめだがきつめの声が飛び、全員がそちらを向いた。やんちゃなウエイターがなにかしでかしたようだ、ということしかわからない。
「なんだろ魁利ってば、ホント困っちゃいますよね……」
咲也につき合わされていたウエイトレスが、これ幸いとばかりに仲間のほうへ駆け戻っていく。
「なんでもありません、お気になさらず」
透真が大人びた会釈を投げてよこし、そのまま二人の店員を店の奥に引きずっていった。
「どうしたのかなあ、ケンカってのもらしくないですよねえ」
「そうだな」
他の二人がのんきにコーヒーを飲んでいる表情を見ると、どうも目撃したのは自分だけらしい。
明神つかさは気持ちを落ちつけるため、グラスの水を一気飲みした。
「おい、つかさ……」
「なんだ」
怪訝そうに声をかけてきた圭一郎を思わず睨みつけてしまう。
「それは俺の……いや、どっちでもいいが……」
「……すまなかった、まちがえたんだ」
そ知らぬ顔で、彼と自分のグラスを入れ替える。ふぅん、と呟きながら、圭一郎は置かれたグラスの水を飲んだ。
「どうした?」
普段は他人の様子など気にかけもしないくせに、こういうときだけは目敏い。それなら、なぜさっきの光景には気づかなかったのかと、やつあたりしたくなる。
「……ちょっと考え事をしていただけだ」
そう答えたときにはもう自分が「あわてていた」という事実を客観視できるほどには冷静になっていた。
魁利くんと、透真くんが。
壁際の置物を眺めながら「考え事」に戻る。
はじめはただ、近くに立っているだけだと思った。甘えるように寄りかかった魁利が、いかにも慣れた様子で透真に口づけ、直後につかさと目が合ってあわてて離れた、ように見えた。
透真の叱責がそのあとだったのは、それが二人にとってあまりに日常的な接触だったからと考えられる。
意外といえば意外だが、全くありえないというほどではない。問題はそこではなく。
透真という男は、普段はすました顔をして言葉数も少なく、もの静かな大人に見える。
だが若い二人よりはしたたかで遊び慣れているようだ、というのは以前見かけたから知っている。婚約者に逃げられたというのも、きっと浮気性のせいだろう。一つ屋根の下で暮らす相手も同じように誘惑したのかと思うと、不愉快な気分になった。
だからといって、年下の魁利がいいように遊ばれているというのも考えにくい。
盛り場で彼を見つけたとき、その場に身一つで溶け込んでいる姿は、偶然まぎれ込んだようには見えなかったのだ。慣れている、と直感的に思った。根拠もなしに決めつけることはできなかったが。
そして、彼らのどちらもが、迂闊に客の前でその関係を晒すとは思えない、というのがいちばんの違和感だった。
とくに魁利は、ある一線からは決して踏み込ませない慎重さがある。若さゆえの、大人への不信感かもしれないが。その彼が、自分から「失敗」するだろうか。営業中に、たった三人とはいえ常連のいる空間で。
「そろそろ帰るぞ」
腰を上げた圭一郎を見やったとき、ある可能性に思い当たった。
もしかしたら、魁利はわざと目撃されるためにやったのではないか。目が合ったのは偶然ではない。
本来見せつけたかった相手とは、おそらく圭一郎だ。
そう考えると全てが納得できる。
タイミングはまちがえたのかもしれないが、成功していたら圭一郎は魁利に幻滅し、「ふしだらな」この店を嫌悪し、もう彼の前に姿を現さなくなる……そう考えたのだろう。
「ごちそうさまでーす」
咲也が奥へ声をかけると、初美花がぱたぱたと急いで出てきた。
「はーい、ありがとうございましたー」
看板娘は何事もなかったかのように笑顔を作っている。
「初美花ちゃん」
レジの前で、それとなく尋ねてみた。
「魁利くんと透真くんは、その……仲がいいのか」
「あ、さっきのは魁利が料理のジャマしたっぽくて、お騒がせしました!」
先ほどの騒動について心配されていると思ったらしい。ケンカなどではないと懸命にとりつくろっている。
「いや……普段の話だ。いっしょに暮らしているんだろう?」
「え? 普通ですよ。単なる仕事仲間ですし、べったりってわけじゃないです」
嘘をついている顔には見えない。彼女は二人の関係を知らないのか。
混乱したまま、店を出る。
少し先を歩いていく咲也に対して、圭一郎はつかさを待っていた。
「なあ、圭一郎……」
「どうした」
思わず相棒に声をかけてしまったが、すぐに後悔する。いったいなにをどう説明すればいいのか。
「いや……なんだったかな」
ど忘れした、と笑ってごまかし、圭一郎の先を歩き出した。だが彼は納得しなかったらしい。
「つかさ?」
背後から、促すように尋ねてきた声に引きずられ、ふり向いた。少し迷ったが、思いきって口を開く。
「彼が……おまえの思うような人物ではなかったとしたらどうする?」
圭一郎は一瞬眉を寄せたが、だれのことを言っているのかすぐに理解したようだった。
「だとしても、俺が守るべき市民の一人であることに変わりはない」
表情ひとつ変えずに答える彼を前にして、ああそうだと改めて思う。彼はさっきの光景を目にしても、なにひとつ揺らぐことはないだろう。
そこまで考えて、はっと気づいた。
圭一郎に見せつけたところで意味がないと、今の彼は知っているはずだ。その直情を疎んでいるのだから。
だとすれば、彼が目撃させたかったのは、この自分。
「あ……」
思わず立ち止まったつかさを、圭一郎が凝視する。
いたずらに騒ぎ立てることもなく、だが彼が知るかぎり圭一郎に最も近い。影響力もあると思われている。つかさの言葉なら圭一郎は聞くと思ったのだろう。
だから見せつけた。つかさの嫌悪を誘うために。
疎ましい圭一郎を遠ざけるため、つかさを利用したのだ。共犯である透真にも無断で。
「本当にどうかしたのか?」
心配そうに覗き込まれ、我に返る。咲也も二人が遅れていることに気づいたのか、わざわざ戻ってきた。
「先輩?」
そうなると、彼らの関係自体も、さっきつかさが目撃した光景を真実と決めつけることはできない。透真はつかさと同様、利用されただけという可能性もある。
実際、圭一郎がこうと決めたらつかさでも止められないことはいくらでもあった。彼の作戦が有効かは疑問が残る。
だがそれよりも、あの彼にそこまでさせる動機が気になった。
多少面倒な客でも適当にあしらってなんとかしてしまう様子をたまに見かけたし、プライベートな領域へ踏み込まれそうになると軽やかにかわす余裕は常に忘れない。
あれほど器用な青年が、なぜそこまで圭一郎を……
つかさは軽く頭を振って、目の前の実直な男たちへ笑いかけた。
「……悪い、書きかけの書類のことを考えていただけだ。早く戻ろう」
「そうだな」
納得のいっていない顔で、圭一郎が背を向ける。
その背中へ投げかけそうになった問いを、飲み込んだ。
おまえ……彼に、何をした。
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魁利は圭一郎をお兄ちゃんと同一視しすぎて愛憎強すぎてわけわかんなくなってる感じ。
透真もつかさもそれは知らないから、圭一郎のこと嫌いになったと思ってるんじゃないかと。
このまま年明けまでいくのかなあ、しんどいなあ。