8/8RiderUniverse2021

AfterBuildの設定で戦兎×マスター。
するのしないのできるのできないのと揉めながらする話です。万丈は友情出演。
クローズの時から放置してたやつ。なぜ戦兎×マスターかって話をしたかったらしい。


定職があるわけでもないから、好きなときに起きて好きなときに寝ていい生活ではある。ただ食事は二人まとめてのほうが効率がいいという理由で、どちらが食べるときには相手を呼ぶことになっていた。
「おーい万丈ー、起きろー」
二人で一つの狭苦しい簡易ベッドは、今は万丈に占拠されている。寝る時間が大きくずれているのもあるが、もともと一つのベッドを三人で取り合って暮らしていたから、さほど不自由はない。寝床があるだけマシという状態だ。
「朝メシだぞ……」
申し訳程度の仕切りになっているカーテンを開けると、相棒は毛布も蹴り飛ばして大の字で寝ていた。その中心だけが元気よく「起き上がって」いる。
「……………」
盛大にため息をついて、ベッド脇に掛かっていた服を彼の股間に投げかけた。
「朝っぱらからヤなもん見せんじゃないよ」
目をこすりながら起きた万丈も、はっとして前屈みになる。
「……しょうがねえだろ! おめえだって男なんだからこんくらい普通だろうが!」
気まずいのかヤケクソ気味に吠えるが、戦兎は肩をすくめて首を振ってみせた。
「天ッ才物理学者はそんな低俗な欲望を超越したところに存在してんの」
「んなわけあるか……あ! さてはてめぇ、童貞だな!」
自分の思いつきで目が覚めたのか、万丈はうれしそうに叫ぶが、寝ぼけた相手につき合ってやるほど徹夜明けの桐生戦兎は優しくない。
「やだねえ朝から下品なバカは……さっさとそのみっともないナニ収めて着替えてきなさいよ、ごはんにしますよ……」
「うっせえよ童貞!」
頻繁でもないが、それなりに定番化した日常だった。


戦兎が石動の部屋を訪れることはそう多くなかった。
それなりに忙しかったり楽しかったりする日々を送っているらしい、と世間話からそれとなく聞かされて単純にうれしく思う。
彼らが創ったこの世界に、彼ら自身が拒まれることがあってはならないから。
そして「たまに」やってきた彼が、穏やかな顔でくつろいでいくのもうれしかった。
今日も戦兎は石動の本棚から引っぱり出した専門書を読んでいる。
だが、いつものように没頭している様子はない。ページをめくる手が緩慢だし、視線も同じところで長く止まっているようだ。
「どうした?」
「んー?」
コーヒーカップをテーブルに置いて横に座ると、ソファの腕に寄りかかっていた戦兎は「よいしょ」と大儀そうに身を起こす。
「ちっとも身が入ってなさそうだから」
「ん……」
今までと反対側に倒れるようにして石動の腿に頭を乗せ、それでも未練がましく開いた本を手放さない。
「あの、さ」
読んでいないページから目を離さず、戦兎はなにかのついでのように言う。
「今夜、マスターが抱いてよ」
コーヒーを飲んでいなくてよかった、と真顔で思う。口に含んでいたら絶対に噴いていた。
「なに、いきなり!?」
ひざの上の頭を見下ろすと、戦兎は本を真上に掲げた。そして顔を見せずにもそもそと言葉をつづける。
「そもそも、なぜエボルトは俺に……あんたを抱かせたんだろう?」
「……!」
思い起こすことさえ忌まわしい名を、再び彼の口から聞くとは思わなかった。
感情を抑えて淡々と語る口調は、科学の命題を述べているようにも聞こえる。だからといって、戦兎が平然とこの話をしているとは思わない。
「自分の意のままに操るなら、逆のほうが手っ取り早いと思うんだよ。あのころの俺はマスターには逆らえなかったと思う。それがどんなに暴力的だったとしても、疑問にも思わなかっただろうなって……」
「それは……」
残忍なエボルトが、石動惣一を使って彼の肉体を「支配」しなかった理由。
皮肉にもエボルト自身は知らないが、石動だけは知っている。
他の宇宙で実行され、全て失敗したからだ。
潔癖な葛城巧は、屈辱に耐えられなかった。彼の精神は無惨に崩壊し、研究どころではなくなった。
無垢な桐生戦兎は、闘志を失った。怯える彼の目から光は消え失せ、戦いを拒むようになった。
どちらにしても、エボルトの思い通りにはならなかったのだ。だがそんな「今はもう存在しない世界」の話を戦兎にしたところで、彼を苦しめるだけだろう。
「俺が、望んだからだよ」
「え……」
戦兎が本を閉じ目を上げた。
「どうして?」
「あいつが期待するルートを少しでも逸らしてやりたかったんだ。その一つに過ぎない」
片目にかかった細い前髪を梳いて、大きな目がこちらを見上げてくるのを曖昧な笑みで受け止める。
「実験みたいなもんさ。思いつくかぎりの条件を変えて、何度もくり返して……」
「何度も、失敗して……」
聡明な彼は気づいたかもしれない。自分が口にしたとおりのルートがあったことに。自分以外の人間も同じ目に遭った可能性に。だが石動の記憶にしかない真実を、決して語る気はなかった。同志の葛城忍さえ知りえない。
「ま、ぜーんぶ別の宇宙の話だ。ここでの俺は若い男とコソコソいちゃついてるフラチなおっさんだからな」
この関係に、必然性も正当性もない。娘に正々堂々と明かせないのは、親として男として人として、後ろめたさがあるからだ。
その罪悪感も背徳感も飲み込んで、彼を受け入れようと決めた、はずだったが。
「なんで、今さらそんなことが気になるんだ?」
彼は再び本の表紙に顔を隠す。
「スタークが正体を見せて、マスターが俺たちの前からいなくなってから、すげえ悔しくて、腹立って……マスターとの時間全部、思い出すのもイヤになって……」
石動にとっては遥か昔の、しかし戦兎にとってはまだ癒えていない傷。
「石動さんがエボルトと戦ってたって知ったあとは、俺もエボルトといっしょになって石動さんを苦しめてたんだって思って」
戦兎は傍らのテーブルに本を投げ出す。
「わかってる、マスターが俺のために本気になってくれたことはわかってるよ、でも……そのこと考えると身がすくむっていうか……マスターがいなくなった日からずっと、今も、できるかどうかわかんないんだ」
「……………」
返答に窮して黙り込むと、戦兎は眉を寄せて笑ってみせた。
「笑うよね、カッコ悪くてさ」
笑い事ではないことはよくわかっている。気まずそうに視線を逸らした彼の髪を、くしゃくしゃとかき回しながら考えた。
「そっかあ……」
彼にその気がないのなら、わざわざあの関係性を再現することはない。ほんとうに「この部屋を図書館代わりにしているだけの友人」でもかまわない。お互いにそのほうが気楽かもしれないとも思う。
もともと、どちらかが望んだわけでもないのだ。あの男が、苦しむ人間を観察するためにそう仕向けただけのこと。だが、そこから生まれた感情は、哀しいことに本物だ。
ここで二人の関係を「リセット」してしまったら、この青年は本気で愛し合った事実だけを忘れられないまま、この孤独な世界でずっと「身のすくむ」不安を抱えて生きていく。
それとも、彼の提案どおり、石動が戦兎を……
「今の俺じゃあ、戦兎がその気になるには魅力が足りねえってことか」
「へ……」
こちらを見上げた戦兎に浮かれたウインクを送ってみせる。
「フラチなおっさんでも、無理強いはできないからさ……」
頬を指でなぞり、喉をくすぐるように撫でると、戦兎は石動の手を掴んで起き上がった。
「マスターは? 今、俺のことどうしたいって思ってる?」
どうしようもなく不安に怯えた顔で。
かつてエボルトに蹂躙された末に矜恃も戦意も失った、無残な「失敗作」を思い出す。身がすくむのは、石動も同じだった。
不愉快な記憶を腹の底に沈め、明るい声を出す。
「このまま捕まえてベッドまで強制連行してやろうか……」
戦兎の目が見開かれる。
「でも抱き上げた瞬間に腰痛めたりしたら、最悪にかっこ悪ぃなあ……って思ってる」
「……………」
「俺よりおまえのほうが若くてタフなんだから、おまえががんばるのが筋ってもんじゃないか?」
永遠にも思える一瞬の後、戦兎はやっと破顔する。
そして笑いながら、石動の手を握ったままソファから立ち上がった。
「じゃ、普通に歩いていきますか」
この選択が合っているのかは、現時点ではジャッジできない。
だがいつもそうだった。正解がわかるのはずっとずっと、先の話なのだ。
つながった手を引き寄せ、唇を落とす。
「エスコートくらいは、させてくれよ」


つづく?