【SS】魁利と透真(ルパパト)

魁利と透真。ストレートに記憶喪失ネタ。キツツキ前後?
いつでもノエルをねじ込む執念には定評があります。
5.【いつかの終末】「失った記憶」「泣かないで」「ユートピア」

 *

「あんたら、だれ?」
口調と表情こそ変わらないが、彼は自分を含めた全ての知人を忘れ去っていた。

「コレクションの力じゃなくギャングラー本人の能力だから、倒したとしても失った記憶が戻るかどうか確証が持てないんだ」
硬い表情でノエルが言う。魁利は自室で休ませていて、今はコグレも入れて四人で対応を協議中だった。
「それなら、本人が自分で思い出すまでは、俺たちの正体も目的も伏せておいたほうがいいな」
「……うん」
迷わずそう提案する透真と、反論もなく同意する初美花に、ノエルは困惑を向ける。今、最大の戦力は魁利だ。彼の戦線離脱は、戦局的にも精神的にも痛手のはず。
「この先、ずっと忘れたままだったとしても?」
だが、二人は毅然とした表情を崩さない。
「自分の願いも忘れてるなら、戦う理由もないだろう」
「戦わなくていいなら……あの人と喧嘩しなくていいなら、そっちのほうが魁利のためかもだしね」
たしかに魁利を取り巻く現状はひどく複雑で、その苦悩から彼を遠ざけたいという二人の思いは理解できた。それほどまでに互いを思いやっているという事実が、何度でもノエルの心を締めつける。
世界の終末を前にしても、彼らはまず仲間を助けたいと願うにちがいない。
「わかったよ。今はひとまず、ジュレの従業員という立場に専念してくれ。進展があればすぐに連絡するから」
警察側でも鋭意調査中で、今回はそちらにまかせるほうが得策かもしれない。まず彼らが守るべきは、何者でもなくなった魁利だ。
「泣かないで、初美花ちゃん。魁利くんの記憶は必ず取り戻すから」
「べつに、泣いてないです!」
そうは言うが、瞳はずっと潤みっぱなしで見ていられないほどだった。もう一人、無表情にキッチンへ戻ろうとする彼にも囁く。
「透真くんも、泣かないで」
「……なにを言ってる」
彼らしい返しに黙って微笑み、コグレを促して店を後にした。

 *

ビストロの住み込みウエイターという立場をひとまず受け入れた魁利は、それほど取り乱しもしていない。
「もしかして俺たち、つき合ってた?」
初美花も住み込み仲間だとわかると、にやつきながら平気でそんなことを尋ねている。
「なに言ってんの、そんなことあるわけないじゃない!」
「だよな……ぜんっぜん好みじゃねえなと思って」
キッチンから眺める光景は、普段とまるで変わらなかった。
「魁利のバカバカ、そんなにモテてないくせに!」
「あれ、そうなの? 鏡見た感じだとイケる気したんだけど」
おっかしいな、と首をひねる姿も、ふざけているようにしか見えない。初美花の憤慨がこちらにまで飛び火してくる。
「ホントに記憶喪失!? いつもの魁利なんだけど!」
「性格まで抜けるわけじゃないんだろ」
適当に返しはしたものの、魁利の「いつもどおり」さは驚くほどだった。
「だれか、そーゆーのがいた気はすんだけどな……」
その呟きを耳にするまでは。

各自が自室に引き上げたあと、透真は魁利の部屋を訪れた。ベッドに転がったまま起きる気配も見せないところまで、なにも変わらない。
「なにか覚えてることがあるんじゃないのか」
「あったら言ってるつーの」
あいかわらずの小憎らしさでいなそうとする魁利に苛立ちつつ、丁寧な尋問を試みる。
「なんでもいい、漠然とした感覚でもかまわない。引っかかることがあるなら……」
ノエルのほうが適任だと思いながら語りかける透真に、スマートフォンをいじっていた魁利はちらと視線を向けた。
「……あの初美花って子じゃねえとは思うんだけど、俺だれかとつき合ってなかった? 家族はもういないって言ってたからさ、カノジョかなって」
「なぜそう思う」
「うーん、なんとなく……」
彼は自分の胸のあたりに手をやりわずかに顔を歪めたが、すぐに生意気な笑みへと切り替える。
「引き出しにゴム入ってたから」
「……なるほど」
なにもかも忘れてまで「なんとなく」でも心に残っているというなら、全てを賭けて取り戻したい兄への思慕か、記憶を失う直前まで囚われていた圭一郎との確執だろう。
元から頭が切れるだけに、自身の持ち物から推理してずれた結論へ至ったようだ。
「なあ、二人とも知ってんだろ?」
性格がそのままであれば、彼は唯一の引っかかりで記憶の糸口でもあるその事実をなんとしても掘り出そうとするにちがいない。
透真は静かに息を吐き出した。
「初美花は知らない」
「あんたは知ってるってことか」
意を決して彼の目をまっすぐ見つめる。愛し合ってもいなければ恋人でもないこの関係をどう伝えるべきか。
「当事者同士の秘密だからな。俺とおまえしか知らない」
「当事者……?」
数秒考え込んだ魁利は、理解するなりベッドから飛び起きる。手から離れたスマホがベッドの上で跳ねた。
「はぁあ!? 冗談きっつ……」
「冗談で、毎晩男に抱かれてるなんて言えるか」
「マジ……俺が上かよ……こんなでかくて声低いやつに……」
魁利は本気で頭を抱えて唸っていた。いつも翻弄されていることを思えば、多少の溜飲は下がるというものだが。
「ええ……女の子もいるのに、なんで俺……」
今の魁利にとって、透真は想定外の対象外ということだ。緊迫した日常に追いつめられて始まった関係なのだから、当然といえばそうだろう。
「忘れたついでに、なかったことにしてもいいぞ。俺もゆっくり眠れる」
とりあえずコンドームの疑問は解いてやった。この様子なら、さらに深追いしてくることもなさそうだ。
戦力については今後ノエルと考えることにして、「邪魔したな」とドアノブに手をかける。
「待てよ」
立ち上がった魁利が透真の腕を掴んだ。
「俺は、俺のこと好きでもねえ相手とつき合ってたのか?」
こちらを見上げた目があまりに透きとおっていて、彼らしくない真摯な表情に怯んでいた。
「あんた……透真はそれでいいのかよ」
ぎこちなく、先ほど知ったばかりの名を口にするのは、透真が知っている不敵で不遜な快盗ではない。ただ素直でないだけの、大きな不安に苛まれている一人の青年だった。
魁利は眉をひそめ、再び自分の胸の上に手を当てる。
「なんかさ……めちゃくちゃ欲しいくせに、一周回ってすげえウザくて嫌いで、でもそいつのためなら命も人生も投げ出していいってくらいの『だれか』が、『ここ』にいるんだよ……」
彼はシャツをわしづかみにして呻く。
「自分のこと忘れてもそいつのことは忘れねえって思ってた、のに……」
その相手を忘れた今でも、向けていた感情だけは彼の中に鮮烈に残っている。いっそ愛憎も忘れてしまえば楽だっただろうに。
それでも、持てあました感情の矛先を必死に探るしかないのだ。
「それ、透真で合ってる?」
「……っ」
焦がれてやまない兄なのか、因縁の好敵手である警察官なのか、その両方か。存在を忘れてなお憎いほど愛しているのは、体だけを繋ぐ「共犯者」ではない。
否定も肯定もできず、ただ目を逸らす。
なにも知らない彼に嘘を吹き込むのはたやすい。真実は彼の苦悶を深めるだけだ。いっそこのまま、誤解してくれたほうが彼のためかもしれない。
「魁利……」
結局嘘も真実も口にできない歯がゆさに、彼を抱き寄せていた。
戸惑ったように身をすくめた魁利が、それでも彼らしくない慎重な手つきで抱き返してくる。
「ごめん、透真」
「謝るな……っ」
彼が謝るべきは、謝りたいと願っているのは、目の前の自分ではなく他の男だ。それだけは揺るがない事実だった。
その心を占めているのがこの自分であったならと、強く思う。
彼を苦しめている執着を、我が身へ全て振り替えることができたらと。
叶わぬ願いばかりを抱えて、こんなところまで来てしまった。大切な人と幸せに暮らせるユートピアからはほど遠い。
肩に頬をすり寄せてきた魁利が、そっと囁いた言葉があまりにも虚しくて。
「あんたが俺のこと大事にしてくれてんのは、わかった気がする」
泣かないで、とノエルに言われた理由をやっと理解した。

 *

CM明けでノエルが解決したので、これはノエル回です。
ちなみに実は圭一郎も記憶喪失になってましたが、警察官の自分も友人のつかさも後輩の咲也も抵抗なく受け入れたのであまり困らなかったようです。