【SS】コウとカナロ(リュウソウ)
コウとカナロ。できあがってはいます。
20.【虹】「切れ目」「宝石」「繋がり」
*
濡れるのに抵抗はない。
だがコウが雨だと騒いで走り出すから、ついその後を追っていた。
駆け込んだ廃屋の軒下で、二人揃って空を見上げる。
雨が降っているのはどうやらこのあたりだけらしく、山の向こうでは雲の切れ目から、幾筋もの光が差している。
「すぐにやむよ」
頭を振って濡れた髪から雫を振り落とす彼が動物じみていて、思わず笑い出す。
「なに?」
「いいや……」
手を伸ばし、ひたいにかかった髪をかき上げ撫でつけてやった。きょとんとした顔に、次の瞬間悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
その表情の意味を推しはかる前に、唇に柔らかい感触が触れた。
「油断したね」
「……!」
不意打ちの口づけはすぐ離れていき、コウは勝ち誇った様子でカナロに背を向ける。わざとらしく軒から手を出して雨を受けたりして、こっちの動揺はおかまいなしだ。
「コウ……」
「あ、虹だ!」
彼が指さすほうにはたしかに宝石のような煌めくアーチがかかっていた。さっき二人を打ったにわか雨は細い銀糸に変わり、雲の向こうには青空も見える。しかし、カナロの心中はそれどころではない。
「そろそろやむかな……でもあの雲が流れてきたら、また降るかも。ねえ……」
腕を掴んで引いたのは、仕返しのつもりだった。
だが目算は外れ、その悪戯な唇を捉えることはできなくて、ただ倒れ込んできた体を正面から抱きとめるはめになる。
「カナロ?」
いつでもスマートな男でありたいのに、肝心な場面ではどうしてこうも格好がつかないのか。コウを抱きしめたまま、カナロは静かに嘆息した。
「……すまないが、もう一回やりなおしてもいいだろうか」
「どこから?」
顔を上げたコウの、貫くような鋭い目と視線がぶつかる。
敵意など感じられないのに、敵わないと瞬時に悟った。決して愛らしい小動物などではない、牙を持った獣の目だ。
彼との繋がり方を考えれば考えるほど、正解がわからなくなっていく。ならば全て委ねてしまえばいい。
「……最初からだ」
観念して目を閉じる。
無抵抗の唇におそるおそる触れてから、歯を立てて噛みついてくるコウを、カナロはただ受け入れた。
濡れて冷えた肌とは裏腹に、その口づけはひどく熱い。
青空は二人のところまで来ていたが、消えていく虹を眺める余裕はどちらにもなかった。
*
富士の樹海かな…