【SS】コウとカナロ(リュウソウ)

SSマラソン③、ワードパレット2本。なんか普通じゃないのと、普通すぎるの。

※11/3、1本追加。コウカナエロ。


コウとカナロ。なのにずっとメルトと一緒。
20.【海王星】「貝がら」「いつもの」「面影」
 *

「マスターは、歳をとると時間の流れが速くなるって言っていた。でも違うと思う」
幼馴染はそう呟いて、目の前に広がる海を見やる。
コウはなんとも答えることができなくて、切なげなメルトの横顔を眺めていた。
「今は、一日一日が長すぎる」
「……でも、きっともうすぐだよ。だって五十年は過ぎてるんだから」
そう言いながら、足下で光った貝がらを拾い上げる。
「おれ、カナロがいつ出てくるのか、もうわからなくなっちゃった」
「カナロはあと十四年だ」
即答するメルトがいるから、コウは安心してそれを忘れられる。二二〇歳を過ぎたころから、自分の年齢もきっちり数えるのをやめてしまっていた。長く生きれば生きるほど、そのカウントが無意味なものに思えていた。
「五十年ぴったりで起きてくればいいのに」
肩をすくめて笑うコウを、今度はメルトが見つめる番だった。
コウは指先ほどの貝がらを手に乗せ、その中に眠る海の一族を想像する。
大昔に分岐した一族は、陸と異なる性質を多く持っていた。今回の「休眠」もそのひとつだ。彼らは環境に左右されない肉体を維持するため、五十年ほど海の底で眠りにつくという。成長期のオトはそのあいだに完全な大人となるのだとか。
しかし多少の誤差はある。暫しの別れを告げられてから五十年は経っているが、彼女はまだ目覚めていない。
「オトちゃん、出てきたらぜんぜん違う顔になってたりして」
「おれにはわかるから問題ない」
「なにそれ!」
わざと明るい声を出せば、いつもの気安い空気に戻る。
二人はもう何か月も、こうして海辺で待つだけの時間を過ごしていた。メルトの伴侶が再び地上へ姿を現すまで。

 *

「メルト……暇なの?」
「暇じゃない」
昔よりも短く髪を刈り込んだメルトは、分厚い本を抱えてそう答える。潮風に晒されたこの岩場は、読書に向いているとは言いがたい。
「じゃあ、なんで毎日来るのさ」
「おまえだって、オトが戻ってくるまで三年くらいつき合ってただろ」
「そうだけど」
コウは岩から砂浜に下りた。落ちていた貝がらを拾い上げ、それを海へ放り投げる。
「あのさ、歳をとると時間の流れが速くなるって話……」
「ああ、実感するよ。本当にあっという間だ」
以前と全く逆のことを言うメルトを、改めて見返した。言いかけた言葉を彼に向けづらくなって、海に向かって叫ぶ。
「おれは! 嘘だと思う!」
五十年までは耐えられた。でもそこからは、一日がとても長くなった。今日も彼は現れない。オトが目覚めるまでには三年ほどの誤差があったから、不思議ではなかった。
それでも今日、あるいは明日現れたらと思うと、つい海へ足が向く。
「カナロー! いつまで寝てんだー!」
打ち寄せる波の向こうへ怒鳴るコウを、メルトはただ見守る。
いつものことだった。初めて出会ったころの師と同年代になっているのに、彼は今も感情を抑え込んだりはしない。答えもしない海に対して、怒ったり泣いたりをくり返している。
水平線に赤い太陽が沈みはじめ、メルトは本を閉じて腰を上げた。波打ち際に座り込んでいる幼馴染の元まで砂を踏みしめていく。
「そろそろ潮が満ちるぞ」
「うん……」
立ち上がりながらふり返ったコウが、そのまま顔を引きつらせた。
何事かとあたりを見渡し、自分の背後に何者かが立っているのを見て思わず身がまえる。
その長身は、躊躇いもせず二人に語りかけてきた。
「おれはどれくらい眠っていた」
「あ……」
記憶にあるよりも深い声。長い髪に隠れた顔に、変わらぬ面影を見る。
そこにいるのは、長い眠りから目覚めた精悍な海の王だった。
「……五十一年と三か月、二十九日だ」
皮肉も込めてメルトは正確な日数を告げる。
「少し、待たせたようだな」
重たげに伸びた髪をかき上げたカナロは、次の瞬間飛びついてきたコウによって砂浜の上に倒れ込んでいた。
「ぜんっぜん!」

ヒゲは剃ってきました。髪はこれから切ります。
リュウソウ族の十年=人間の一年くらいで。