【SS】ダブル(再掲)
ああ~明日ビルドないんだなあ……
ということで、「平成ライダーの一年間ありがとうございましたSS」発掘シリーズ、第二弾。
ダブルは自分でやってたわけじゃなくて、クライマックス近くになぜかいきなり翔太郎と竜で中編くらいのを一本書いただけなんだけど、最終回見たらその場で翔太郎とフィリップを書かずにはいられなかった。それはもう戦兎と万丈くらいに。
翔太郎の大丈夫じゃなさが異常だったからさあ……(笑)
8年前ゆえの拙さはお見逃しください。
あとすごく短い。エロにつづけようとしてこのままでいいかってなったやつ。ちなみに翔竜エッセンスがちょっとだけ残ってます。
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波止場に停められたバイクに、二人の男女が寄りかかっている。
「所長、いいのか?」
竜は首をかしげて亜樹子の顔を覗き込む。海を眺めていた亜樹子は、満足げに微笑んでいた。
「おかえりパーティはいつでもできるでしょ。でも今日くらいはね」
半身を失った翔太郎を見ていられなかったのは、亜樹子も竜も同じ。その半身が戻ってきた今、心ゆくまで二人の時間を過ごさせてやりたいと思うのが人情だ。
感動の再会を果たした探偵二人を事務所へと追い返し、亜樹子は半ば強引に竜をここへと連れてきた。二人っきりのデートなどと騒いでいたが、いちばんの目的はそこではないだろう。
幼い外見とは裏腹に彼らをよく理解している亜樹子の横顔を、竜は感服して見つめる。彼女といると、少しも似ていないのに妹と過ごしているような気分になる。家族をなくした竜にとっては、亜樹子が新しい家族になりつつあるのかもしれない。
そんな竜の内心など知るよしもない亜樹子は、竜の肩に少しだけ頭をあずけてきた。
「やっぱりさ、翔太郎くんはフィリップくんとセットじゃないと」
「……そうだな」
二人で一人のハーフボイルド。そのあいだにはだれも立ち入れない。
99%以上の歓喜と、1%未満の割り切れなさを胸に、竜は半分近く沈んだ夕陽を眺める。
ようやくこの街に彼が、いや彼らが帰ってきた。
フィリップも、左翔太郎も。
【再会の夜】
薄暗い事務所。
散らかったデスクの前に、翔太郎はただ立ちつくしていた。
ふり向けばそこにはフィリップがいる。なつかしい家具や小物を覗き込んでは、うれしそうに目を細めているはずだ。
だがふり返る勇気がどうしても出ない。
たしかにいっしょに帰ってきた。バイクに乗っているあいだも、ずっと背中に彼の体温を、生きている鼓動を感じていた。
それでも、怖いのだ。
ふり向いたら全てが夢か幻で、そこにフィリップはいないのではないかと。もし翔太郎の望みどおり彼がこの暗がりに立っていたとしても、明かりをつけたら影のように消えてしまうのではないかと。
「翔太郎」
耳慣れた声が呼んでも、まだ信じられなかった。この一年、何度裏切られてきたかわからない。自分自身の軟弱な精神に。
「翔太郎ったら」
「フィリッ……」
うつむいたまま彼の名を口にしようとしたとき、肩をつかまれてむりやりふり向かされた。
「翔太郎!」
翔太郎の両肩をつかんでいるのは、まぎれもなく相棒で。
「フィリップ……!」
目の前の身体を抱きしめてからようやく、今度こそ消えない本物なのだと理解した。結局一年くらいでは彼の不在に慣れることなどできなかったのに。今、彼がここにいることが奇跡のように思える。
「なんだい、まだ泣き足りないのかい? ほんとうにハーフボイルドだな、きみは」
彼独特の皮肉っぽい軽口も、余裕のない今はうまく切り返せない。
「てめ……俺がこの一年、どんな気持ちでいたか……」
泣くのをこらえたはいいが涙の代わりに恨み言がこぼれた。
その瞬間、フィリップがきつく目を細める。
「それをいうなら、ぼくがこの一年どんな気持ちできみを見ていたと思うのさ!?」
「え……」
彼らしくもない怒鳴り声と、ものがぶつかる大きな音が、事務所内に響いた。二人の足元に書類や本がばさばさと落ちる。
デスクに押し倒された翔太郎は、いつも冷静な相棒の剣幕に驚いていた。
その顔を真上から覗き混んで、フィリップは険しい表情で睨みつける。
「そうだ。ぼくはずっときみを見ていた。でも声もかけられない。触れることもできない。それがどんなに苦しいか、きみにわかるのかい? 情けない顔で泣いているきみを抱きしめられないのが、こんなにつらいなんて……」
詰るような口調で語りながら、フィリップは翔太郎の髪をかき上げ、頬に指をすべらせる。どこか官能的な触れ方に、翔太郎は声も出せずに相手を見上げていることしかできない。
「大切なものは、いつも失って初めて気づくんだ。家族も、身体も……きみに触れられる幸せも。身体なんか、なくても、いいと思ってたのに……」
普段は明瞭な言葉が途切れがちになったかと思うと、端正な顔がくしゃりと歪み、見る間に切れ長の目から涙があふれ出す。頬を伝う涙が翔太郎の顔に落ちた。
「……情けない泣き顔はどっちだよ」
翔太郎はフィリップの顔を両手で包み込み、掌で乱暴に拭った。泣いているのか笑っているのかわからない顔になったフィリップは、「痛い」と文句を言いながら翔太郎の手首をつかんでデスクに押しつける。
「見なきゃいいじゃないか」
その言葉どおりに、フィリップの顔がぼやけて見えなくなるほどに近づいたかと思うと、唇をふさがれていた。
「……!」
フィリップがそんな接触をしてきたことは今までになくて、翔太郎は呼吸も思考も止める。そっと押しつけられ、ゆっくり跳ね返るように離れるやわらかい唇は、互いに触れたことのない場所だった。
翔太郎は押さえつけられた手をふりほどいて、離れていく頭を抱き寄せる。フィリップが初めて望んだ接触を、逃したくはなかった。
「ん……」
相棒の気質そのままに荒々しく性急な口づけを、フィリップは戸惑いながら受け入れる。いつしか二人は互いの存在を確かめるように相手の肩を腰をわしづかみ、細い指を痛いほどに食い込ませていた。
「ふ……っ」
細いあごをのけ反らせて翔太郎が大きく息をついたあと、同じくらいに息を切らせたフィリップは眉を寄せて呟いた。
「ぼくは、どうにかしてしまったのかな」
「ぁあ?」
「もっともっときみに触れたくてたまらない。ぼくの興味の対象がきみだけに向かっている。こんなことは初めてだ」
「バカにしてんのかそれ……」
しかし、翔太郎も似たようなものだった。常に傍らにいたときには、そんなことを考えもしなかったのに、今はこの餓えにも近い感覚を満たしたいという欲求しかない。
「こっちのセリフなんだよ、バーカ。一年も体半分で生きてきたんだからな」
翔太郎の憎まれ口に、フィリップは曖昧な笑顔で応えた。
(by NICKEL, Aug, 2010)