【SS】ルパパト「差異」【R18】
ルパンマグナム入手後の話。
例によってノエルの出番が多いですが赤青です。ノエルファンが書く魁透です。
どうでもいいんですが、「透真の心臓」って自分でタイプしたあとに「トーマの……」とか思ってしまってしばらく一人で笑ってました。
読んだことないけど、たぶんフランスの男子校モノで巻き毛の美少年が継父から虐待を受けててライバルの名前がジルベールなんだと思う。SFだったらごめんなさい読むよ。
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【差異】
「相手がきみたち……たとえば透真くんだったら、ぼくは撃てたかな」
優雅にティーカップを口へ運びながら、ノエルが呟く。自分にも弱い部分はあると、透真だけに打ち明けた直後だった。
「少なくとも、俺はおまえを撃つ」
「それは心強い」
透真の迷わない返答に、ノエルは朗らかに笑った。
だがノエルも、透真だけでなく国際警察の面々でさえ撃つほうを選ぶはずだ。なぜそんな仮定をするのだろう。
透真は怪訝に思いながら、彼の目線を追う。
子供のようにはしゃぐ二人を見て、相手が誰であれ初美花はきっと撃てないだろうと考えた。魁利は……
魁利なら、迷いなく撃ち抜く。
推測ではなく彼ならそうすると身をもって知っていた透真は、思わず自分の心臓の上に手を置いていた。
不穏な会話はそれっきりで、彼は目を細め、騒がしい魁利と初美花を眺めている。
「それにしても、魁利くんにあの文章が読めたとは意外だったなあ」
独り言めいた呟きが彼らしくない誤解で、思わず笑いをかみ殺していた。
「魁利は一文字も読めないぞ」
不思議そうな顔をするノエルに、経緯を説明してやる。
知識や教養はお世辞にもあるとはいえないが、誰も気づかなかったキーワードを一人で記憶し、どうすれば正解にたどりつくかをわかっていた。魁利の機転やとっさの判断を、透真は自分の思考よりも信頼している。常に一人で行動し、二人分の能力を持つノエルには理解しがたいかもしれないが。
「あいつなら、俺たち全員が倒れても目的を果たせる」
それを聞いたノエルはなぜか強ばった顔で透真を振り返り、そしてまた魁利を見やる。
「彼は……撃ったんだものね」
無論、それも含めてだ。初美花は仕方ないとして、自分にもノエルにもできなかったことを魁利がやり遂げたと悟った瞬間、それほど驚きはなかった。彼なら、とどこかで思っていた。
だが、ノエルの言葉は魁利の能力を評価するものではなかった。
「魁利くんが手に入れたいものは、ぼくたちとは違うのかもしれないな」
「なに?」
意味がわからず、聞き返す。
カウンターにティーカップを置いたノエルは、優しい教師が物わかりの悪い生徒を教え諭すような表情で、だが声だけは真剣に透真へ語りかけた。
「ぼくたちは『取り戻したい』だけなのに、彼は失う前以上のものを求めているような気がするんだよ。そのためなら、自分の命も心も惜しくないくらいに」
少しも答えになっていない。
透真の不満を理解したのかしていないのか、ノエルは肩をすくめてカウンターに寄りかかっていた身を起こす。
「まあ……多少ベクトルは違っても、目指すゴールは同じなんだ。どうせなら、みんなで願いを叶えようじゃないか。自己犠牲なんて悪趣味な精神は捨てて、仲良く幸せになろうよ」
「自己犠牲……」
言葉にするとあまりに陶酔感が強すぎてぞっとするが、自分たち四人を動かしているのは結局その精神なのかもしれない。
ノエルの信用できない笑顔を見つめながらそう思い、そして初美花相手に大げさなほどはしゃいでいる魁利へ目を移した。
たたんだ洗濯物を初美花と魁利の部屋にそれぞれ届ける。
家事全般が苦手で要領の悪い二人に任せると余計な手間が増えるため、料理だけでなく掃除洗濯もほとんど透真の仕事になっていた。はじめのうちは余計なことを考えないように常に手を動かしていたかったから、押しつけられているつもりもなかった。二人のほうもあっという間に楽な状況を受け入れてしまい、今さら自分でやれと言っても聞くはずがない。
そんな生活を一年半もつづけていれば、遠慮もなにもあったものではない。実の家族よりも距離の近いこの関係が、期間限定だなどとは少しも頭をよぎらない程度には日常になっている。
魁利の部屋に入ると、彼は机の前にぼんやり座っていた。
「よっぽど気に入ったらしいな、新しいおもちゃが」
机の上に置いてあるルパンマグナムに手を伸ばしたが、すかさず魁利が取り上げる。
「ダーメ、これはオレの」
にやっと笑って立ち上がり、自分の背後にそれを隠してしまう。まるっきり子供だ、とため息をついて洗濯物を置いたとき、魁利が小さく呟いた。
「おまえらには使えねえよ」
「……………」
思わず息をのむ。ただの冗談や、幼稚な独占欲からの言葉には聞こえなかったから。
この銃を使うのは自分だけでいい……そう言っているようだった。たしかに、アルセーヌのメッセージとしてはそれが正しいのだろう。大切な相手をも踏み台にできる者以外に、この銃を使うことはできない。初美花にも透真にも、きっとノエルにも。
手を後ろに回したままの魁利に、なにか言ってやりたかったがあいにくなんの言葉も浮かばなかった。労りも罵りも。
それでもすぐにきびすを返すのは落ちつかなくて、無言で歩み寄り、後ずさった彼を窓際に追いつめる。
「べつに、そのおもちゃがほしいわけじゃない」
細いあごを捉えてその目を覗き込むと、魁利はわずかに驚いた顔をして、それでもすぐにやりと笑う。
「なんだ、つまんねえの」
言いながら、傍らのベッドにその銃を放り投げる。
すぐに抱きついてこないのは、透真の出方を窺っているのだろう。自分から始めたときにはどこまでも好き勝手にするくせに、こちらから手を出しても容易に動こうとはしない。受け身というより、傲然と待っている節があった。
期待混じりに半開きで待っている唇には触れず、顔から手を離す。
ポケットに突っ込まれた左手を引きずり出し、その掌に指をすべらせた。
「なんだよ……」
なめらかな肌に瑕疵はないが、そこには本来なら銃創があるはずだった。コグレが特別にと使用を許可した改造コレクションの効果、で今は跡形もない。
同じ傷は、透真の胸にもあった。今はわずかな痕すら見えないが、魁利が命懸けで透真を生かそうとした傷だ。
すっかり忘れていたその事件を今さら思い出したのは、どんな状況でも魁利が「撃つ」選択をすると、改めて思い知らされたからだろう。
「もう、なんともねえし」
透真の思考を辿ったか、魁利が居心地悪そうにその手をふりほどこうとした。かまわず指を絡ませその手を強く握る。
「また俺を撃つ機会があったら……今度は、俺だけを撃て。自分の戦力は削るな」
あのときは、多少どころか相当な無茶でもやってのける魁利に感心しただけだった。命は捨てたつもりだったから、撃たれたことに対する不満もなかった。
だがあのとき魁利がためらわなかったのは、透真を撃つことではなく自分自身を撃ち抜くことだったのではないかと、今になって思う。緩衝が必要だったダメージは、透真の体ではなく、透真を撃つ自身の心だったのではと。
「……当然だろ。オレだって痛ぇのはヤだし」
今もそんな軽口でへらへらと笑っている。本心にはちがいないのだろうが、その時が来たら彼は、仲間どころか自分の本心さえ裏切ることを厭わない。
『彼は失う前以上のものを求めているような気がするんだよ。そのためなら、自分の命も心も惜しくないくらいに』
頼もしく思っていた性質が、危なっかしく見えてきたのはノエルの不可解な言葉のせいか。
「そっちもさ」
魁利の指が、心臓の少し上を突く。
「そんときは、迷わないでオレを撃てよ。初美花じゃ外されそうだし、ノエルだとなんかムカつくし……透真がいちばん安心だわ」
「……………」
数ヶ月前までならいざ知らず、今の自分に魁利を撃つことができるかは予想ができない。
だが魁利は当然のように透真を指名する。読めないフランス語の意味を尋ねてくるのと、変わらないテンションで。透真が魁利の無謀を信頼しているように、魁利もまた冷淡な透真を信じているのだろう。
「ああ、任せろ」
耳元に口を寄せて囁く。魁利はくすぐったそうに首をすくめ、透真の肩口に頭をすり寄せてきた。
「忘れんなよ……約束だからな」
甘えた仕草とは裏腹に、その声に笑みはなかった。
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魁利だけが快盗にアイデンティティを見いだしてしまった流れがどうにも不穏な感じなんですが。
反対に透真の角が取れていってるのはなんなのかな、ノエル効果なのかな。
ノエル話から思ってたけど、透真ってわりとチョロいというか、深い関係に慣れてないっていうか、直球投げられるとあっさりオチるんだと思う。強引に踏み込んでくる系には抵抗できるけど、すっと入り込んでくるタイプに弱い。北風と太陽的な。
最初に出会ったのが彩さんだったから真人間方向にいけたけど、魁利やノエルみたいな天然詐欺師みたいなやつだったら利用されまくってただろうし、圭一郎やつかさだったら上官命の冷徹軍人になっちゃっただろうし、初美花や咲也相手ならあんなに大人にはなれなかっただろうし、繰り返すけどホント彩さんでよかったです。
……つかさセンパイに鍛えられる透真いいな。