【SS】コウとカナロ「花の村」
4.牡丹
「あなた」「蝶」「華やか」
キーワードが中華っぽかったのでギリギリまでチャイナコスネタだったことはナイショ……
カナロにどうしても見せたいのだと、山を二つ越えてまでコウが連れてきてくれたのは、そこかしこに花が咲き乱れる村だった。
「これは……」
芳しい香りが漂う中、優雅に蝶が舞い、やわらかな日差しも来訪者を歓迎しているようだ。花に囲まれた人々は当然穏やかで、カナロを海の一族と認めても眉をひそめたりはしない。傍らにマスターレッドの後継者がいるからだろうか。
「おれの生まれた村なんだ」
はっとコウを見返れば、彼はにこにこと笑っている。
「ずっと、こうなのか」
「うん、昔からずーっと、花の村。みんな優しくて、花が好きで……」
コウは道端に咲く大輪の牡丹へとかがみ込み、「これ、おれの顔くらいあるだろ?」と愉快そうにこちらを見上げる。しかしうまく笑みを返せないでいるカナロを見て、静かに身を起こした。
「……花が嫌いなのは、おれだけだった」
穏やかな声で、半ば予想していた言葉が告げられる。
「見た目だけキレイな、花の村が大嫌いだった」
だから村を出て、自ら戦いの道を選んだ。まだ幼い時分に。
「あっ、向こうに薔薇もあるよ……」
「……!」
なぜだか胸が詰まって、彼の腕を掴んでいた。
「カナロ?」
ここと同じくらい華やかな薔薇園で失ったひとつの恋が、不意に甦る。
『あなたを、愛している』
本気だった。本気でないことなどなかった。しかし、相手には届かなかった。
『あなたの言葉は、空虚なの』
コウが美しいこの村を見限ったように、彼女もカナロが贈った美しい花を拒絶した。
全く別次元の出来事が重なって、切なく苦しい感情が襲ってくる。
コウが不思議そうな顔でこちらを見ているのに気づいて、力なく笑ってみせた。
「すまない……どうしておまえの大切な場所で、悲しいことしか思い出せないんだろう」
「……忘れなくていいことだからじゃないかな」
そっと手を握られる。
「おれも、忘れるつもりはないよ」
今のコウは、咲き誇る花々を愛おしげに見つめている。その表情だけで、彼の変化は……成長は、カナロにも察することができた。
だから彼はここへ戻ってきたのだ。花が嫌いだった自分をも受け入れるために。
「ああ……」
失敗も後悔もくり返して傷だらけになった過去の上に、新しい思い出がふわりふわりと積もっていく。その思い出を分かち合うのは……。
指が絡み合った手を引き寄せると、彼はくすぐったそうに笑った。
満開の花よりも朗らかに。