部活動の先(ハイキュー感想+α)

電気消して、真っ暗な部屋。カーテンも遮光だから、ほんとに真っ暗。眼鏡があってもなくても変わらない。
ぼくたちは二人で狭いベッドの上にいた。
「……っ」
交わす言葉もなく、荒い息とたまに呻き声。
「ん……」
服がこすれるだけの音がやけに大きく聞こえる。
見えないのはいい。明るいところで相手を目にしたら我に返ってしまいそうだし、相手もやる気を失うかもしれない。
ぼくの腕を掴んでいる手は大きくてごつくて、でも掴まれているこっちだってたぶん平均よりは太くて硬いはずだ。ぼくがTシャツをまくり上げて手を押し当てている、というか鷲づかみにしている胸は、ふくらんでいるわけでも手の中でかたちを変えるわけでもなくて、硬い筋肉で指を押し返してくる。
錯覚しようもなく、ぼくたちはオトコだった。
「うぅ……っ」
なにより、腹のあいだで押しつぶされてるやつ。しかも二人ぶん。
一人だってめったにそんなことしないのに、他人のそれを掴んで自分のといっしょに扱き上げるなんて、どうかしてるとしか思えない。
離れないように脚まで絡ませて、腰を揺らして押しつけ合ってる。
「あぁっ……」
大きくあごを反らして上ずった喘ぎを洩らした彼は、「ごめん」と息だけで囁きながら、首筋に顔をうずめてきた。
「いえ」
こっちも簡潔に返す。まともな返事なんてできる状態じゃない。
すでに二回ずつイってそれでも収まらなくて、頭の中は相手のことでいっぱいで、自分と同じ筋肉をまさぐって、自分と同じ性器を掴んで、手についてる体液もどっちのかもうわからなくなってて、しかも相手が高校時代の先輩で……頭ではおかしいと思ってても、体のほうが止まらない。
すぐ耳元で、縋るように囁かれる。
「声、ヤバイ……」
押し殺してた声も、我慢がきかなくなってきたってことだ。
大きくて力強い手を首の後ろに感じながら、引き寄せられるまま顔を近づける。ぶつかる唇だけはやわらかくて、でも舌先が触れ合ったらそんなことどうでもよくなって、どっちも相手に絡みつこうとする。いかにも粘膜接触してますって感じの音が、気持ち悪くてもいいはずなのに余計に昂奮させる。口の端からなんかこぼれてるけど、気にしてる余裕はない。
「っ……」
苦しい。お互いの声を唾液と一緒に飲み込んで、相手の舌を押さえつけて、まともに呼吸なんかできるわけがない。
苦しいのか気持ちいいのか、頭の奥が痺れていてもう判別できなくなっている。ひとつ、はっきりしているのは……
「はっ……」
息をつきながら、頑丈な腰を抱き寄せた。もっと近く、ゼロ距離よりも近くに彼を感じたい。終わりの直前まで離れたくない。
「ぁ……」
相手の体が震える。熱い息が喉の奥に送り込まれて、手加減なしにきつく抱きしめられて、こっちも……
「……ぁああっ!」
部屋に響いた自分の声に、ぎょっとした。思わず口を押さえる。
終わったとたんに熱が引いていって、今まで棚上げしてたあれこれが、冷静になった頭に一気に戻ってくる。
「うわ……」
自己嫌悪にうずくまったところで、あわてた声が降ってきた。
「だっ大丈夫だよ、そんな大きい声じゃなかったから……」
「いえ……」
東峰さんには、隣の部屋に聞こえたら嫌ですからって言ってたんだけど、ホントはちがう。
恥ずかしすぎて我に返るから嫌だったんだ。真っ暗で相手も自分も見えないから、裸でもあんまり抵抗感なかったんだけど、声は関係ない。逆に視覚情報がないから、余計に耳から入ってくる情報が強調される気がする。
相手の声だって、べつに普段はなんとも思わないのに、声だけだとヤバくなる。すごく大人で、すごく男らしくて、すごく……
「えっと……俺、月島の声好きだし?」
彼の手がぼくの腕を労るようにさする。
「フォローになってません……」
耳が熱い。部屋が暗くてホントによかった。
「……………」
終了直後はいつも気まずい。なんかそれっぽいやりとりとかしたほうがいいのかなとか考えて気遣ってみたりするんだけど、逆に白々しくて恥ずかしいだけだった。
いつのまにか、背中合わせに寝転んで息が収まるのを待つのがパターンになった。彼もシャツを脱ぎ捨てたから、裸の背中がくっつく。当たるのはお互い骨と筋肉。でも、そこから温度と湿度が伝わってくる。
しばらくそうしていると、東峰さんがちょっとだけ動いた。
「月島はさ……」
「はい?」
口ごもって、それから黙り込む。言いづらいことがあるときだ。あえて返事をしないでいると、無言が気まずいのかちゃんとつづけてくれる。
「月島はその、なんていうかな……俺とこんな感じで、満足なわけ?」
こんな感じ、とは。
休みの日にわざわざ仙台まで来てもらって、ごはんとか食べて、ぼくの部屋で今みたいなことをする、っていう流れのことだろうか。
「それは……世間体とか背徳感的な意味で?」
暗がりの向こうで東峰さんが噴いた。
「いや、それは今言われるまで思いつかなかった」
ヘンなところでのんきというか適当というか、それは真っ先に考えると思ってたんだけど。
「そうだな、仙台にカノジョいるのかとか訊かれると気まずかったりはするよな」
訊かれるんだ、と他人事みたいに思う。
「いや、あのさ……なきゃないでぜんぜんいいんだけどさ、その、やり方の問題で……今のままだとちょっともの足りないとかないのかなって……俺を、女の子みたいにアレしようとか思ったことない?」
「え……」
女の子みたいに……
東峰さんを……
「え!?」
頭の中で意味がつながった瞬間、思わず大きな声が出ていた。
勢いで飛び起きたぼくに驚いたのか、東峰さんもあわてて体を起こす。勢いがつきすぎてベッドから落ちそうになっていた。
「わーっ、今のなし! 忘れて! バカなこと言いました!」
東峰さんが土下座の勢いで謝ってくる。表情は見えないけど想像はつく。
でも一度その可能性に気づいてしまったら、どうしても考えてしまう。男同士でも男役と女役があるのはなんとなく知ってるし、でもぼくたちはどっちも女性的な要素なんてぜんぜんなかったから、この関係は「そういうことをする人たち」とは別のものじゃないかって思ってた。
でもよく考えるまでもなく、ぼくの認識には根拠がなくて、もし許されるのなら今よりもっと「深く」つながりたいという思いはある。ゼロ距離よりも近く、皮膚よりも奥で。
……ということに今気づいた。
「東峰さんは、どうなんですか? もの足りない?」
「おっ、俺は……」
彼はなにか言葉にならないことをぶつぶつ一人で呟いてたけど、そのうちうずくまるようにベッドの上に崩れる。
「そりゃあ、男だからなあ……したくないって言ったら嘘になるよなあ……」
強制はしてこなくてもしみじみと言われると、却下するのが難しい。でも向こうが「男」ってことは、自動的にこっちが「女」ってことだ。
「ぼくは……とりあえず、痛いのはイヤです……」
「だよな、わかる……」
なんなのこれ。
要するに、エッチなことをしたあとでもっとエッチなことをしませんかっていう話じゃないの。なのになんでこんな微妙な感じになってんの。普通ここは盛り上がって勢いでどうにかしちゃうシチュじゃないの。
……とまくし立てるのもそれはそれで微妙だなと思って、べつにさっきよりエッチな気分になってるわけじゃないけど、彼の肩を掴んでベッドに沈ませる。
「お、おい? 月島くん?」
露骨に怯んだ声に笑いそうになったけど、こらえて彼の首筋に顔をうずめた。まだ熱が引いていない。汗の匂いもする。そして、こっちもまだ眠くない。
「月島、まさか今……」
「その件はあとで検索してみます。それでいけそうだったら改めて検討します」
「検討っておまえ……」
らしいなあ、なんて苦笑混じりの声が聞こえて、そこでぼくたちは会話をやめた。

部屋が真っ暗でよかった。
こんな話、顔を見ながらなんてできるわけがない。