部活動の先(ハイキュー感想+α)

ビビってないって言ったら嘘になるんだけど。
考えはじめると余計な言い訳ばっかりついてきて、結局ろくな言葉にならなくて、いつも飲み込んでばかりいる。
ちゃんと正面切って話したいことはもちろんある。でも自分より頭いいってわかってる相手に言うのは、それなりに勇気が要ることで。西谷の強さが10%でもほしい、と別の後輩のことを考える。
「どこ、行くんですか」
助手席からそんなことを言われて、脳内で飛び跳ねながらハッパかけてくる西谷から意識を戻した。
「んー……どうしようか」
俺は赤信号を見つめたまま、適当な返事をする。隣から軽いため息みたいなのが聞こえて、でもべつに怒ってたり機嫌悪くしたりしてるわけじゃない、っていうのは最近わかってきた。
こいつがつき合い悪いってことはみんな知っていて、先輩も後輩も関係なく嫌ならあっさり断られる。俺もそう思っていて、実際かなり当たってはいるんだと思う。
でも、約束してなくてもドライブにつき合えって言えば、どこにとも聞かず車に乗り込んでくる。気を遣ってる感じはない。マイペースにコンビニ寄れとか自販機で止めろとか言うけど、こいつなりに「つき合って」くれてるんだと思う。
「月島は、行きたいとこある?」
「とくにないです。明日は午後からだし、お供しますよ」
……大学生っていいなあ。
未知の「大学生活」ってやつを一問一答形式で聞き出して、それでなんだか会話した気になる。いつもどおりだ。
バレーの話は意外としない。今年の高校生の話とかプロ選手の話題はめったに出ない。テレビでやってたら見るし雑誌も買うし、チームではいろんな相手と話すのに、二人だけのときは自分から持ち出すこともない。
月島もきっとそうなんだろう。だから共通点がない俺たちは、いっしょにいるほとんどの時間をバレーと無縁に過ごしている。
俺もだけど、バレーを外すと限りなく無趣味に近い。
いつもヘッドホンでなにか聴いてるからすごく好きなアーティストでもいるのかと思ったら、音楽自体が好きなわけじゃなくて、ただのノイズキャンセラーだって。予想どおりといえば予想どおり、らしい答えだ。俺も特別好きな曲があるわけじゃないから運転中はだいたいラジオだけど、そこにも文句はない。
信号に引っかからなさそうなルートを頭の中で検索しながら、ふといらぬ言葉が出た。
「月島……楽しい?」
「……は?」
やばい。
「あ、いや、なんでもない」
あわててとりつくろったが、一度下がった声のトーンはなかなか戻らない。
「つまんなかったら、ここにいませんよ」
「あ、うん……」
わかってる、わかってるんだけどさ。あー余計なこと言ったなあ、でも謝るのもなんか気まずいよなあ。
「……とか思ってるんですか」
ぐるぐる考えていたせいで、相手の言葉を聞き逃す。
「え、なに?」
外を向いたままの月島はひとつため息をついて、少し強めの口調でくり返した。
「ぼくが東峰さんのことを都合のいいセフレ扱いしてるって、思ってたりするんですか」
「あ、いや……」
勘がいいっていうのか、遠慮がないっていうのか。言ってしまえばたしかにそうかもしれないけど、もうちょっと言い方があるでしょうよ。
「だったらもっと、お手軽な相手見つけますよ」
「うん、わかってる……」
地元で働いてる高校時代の先輩って、とくに月島みたいなタイプにはめんどくささしかないはずだ。それをわざわざ予定開けてまでつき合ってるんだから、よほどの理由があるってことになる。
その「よほどの理由」が、俺と同じだったらいいなあ……と思いながらも突っ込んでは訊けないでいた。
「東峰さんこそ……」
「うん?」
「ぼくにむりやりつき合おうとして、ドライブとかごはんとか誘ってくれるんじゃ、ないですよね……」
消え入る語尾に動揺して、ブレーキ踏みそうになった。
やめて、そういう内容のことはいつものクールなテンションで言って。
「いやいやいや、俺はさ……」
俺は。
「……いっしょにいて、楽しいよ」
ごまかしたな、と自分でわかってへこみそうになる。
「……ぼくもです」
無表情な返事は、少しも本心を見せない。
俺のほうが年上だし、ていうか先輩だし、月島は自分から心を開いてくるタイプじゃないから、俺がちゃんと言うべきなんだとは思う。
思ってるのに、喉の奥に引っかかって出てこない。

仙台から来ると、地元の夜は真っ暗で、せめて星でも出てればいいのに曇ってて本当に真っ暗で。
人どころか対向車さえない道端に車を止めた。窓の外を眺めていた月島が軽くため息をつく。
「どうせ入れないのに……」
呆れられるのも予想はしてた。
広いグラウンドの向こうに見える高校の校舎は、ただの影だ。体育館も遠い。
「や、懐かしいかなって」
仕事の帰りに一人で脇を通ってみることはある。でもわざわざあのころのチームメイトを連れてくることはない。月島は肩をすくめただけだった。
「ぼくはべつに……たった二年前で感慨もないです」
二学年の差が、こんなときは妙に大きく感じる。
「じゃあ、車の中にいていいぞ」
べつに挑発したつもりはなかったのに、寒いとかなんとか愚痴りながらも結局降りて、俺の横に立った。
「……………」
思い出話のひとつでもと思ったけど、俺たちは完全に黙り込んでしまった。言葉なんか出てこない。
三年間、バレー漬けのつもりだった。でも最後の一年間が濃厚すぎて、二年生より前は中学の延長みたいな感覚になっている。
ここでバレーやってた時間と、ここでバレーをしなくなった時間の長さが逆転していく。今でもバレーはできるけど、そういうことじゃなくて。
当時誰かに言われて、そんなのわかってると思ったけど実感じゃなかった。あのチームであのメンバーでプレイできたのは、あのときだけなんだ。
いろんなことを一気に思い出して、胸が苦しくなる。
月島ともここで出会った。一年レギュラーの一人で、俺はみっともないとこばっかりの三年で、でもあのころはそれだけだった。印象なら、今でも第一線でやってる日向と影山のほうが強い。
俺たちはみんな、あのときと変わらずバレーでつながってるはずだった。
でも、今隣に肩すくめて突っ立ってるこいつとだけは、そうじゃない気がしてる。なのにそれでもいいと思ってる。
一年間は、たしかにチームメイトだったのに……
「寒いんですか」
「え?」
いきなり手を掴まれた、と思ったら手袋を外されて、直接触られた瞬間に「うひゃっ」と叫んでしまった。俺よりぜんぜん冷たい。
「なんだ……あったかいじゃないですか」
妙に不満げに呟いた月島は、俺から奪った手袋を自分ではめている。
「おまえは体温低すぎだよ……」
反対の手袋を外して、もう片方の手をさすってやった。振り払われるかもって少し思ったけど、寒さには勝てなかったのかおとなしく握られるままになっていた。
「あたりまえです、氷点下何度だと思ってるんですか」
「いやコレはあたりまえじゃないだろ」
なんでそんな大きい体して、俺より体温低いのこの子は。
月島は普段どおりの無表情で、真っ暗な体育館のほうを見やる。
「寒すぎて涙出てきますよね」
そう呟いた声も寒さのせいか震えていて、だから俺は眼鏡の奥に光る濡れた目に気づかないふりをした。そうだな、寒いんだ俺たちは。
……はは、やっぱダメだ、ビビってる。
こみ上げてくる気持ちや思い出の大きさに、懐かしいよな、の一言も言えなくて。それ以上に大きい、現在進行形の気持ちなんて言葉にできるわけもない。
「寒いな……」
俺はうつむいてただ、彼の冷たい手をさすりつづけた。